きらめく生活と督促状
彼ら〈Candy Beats〉——通称〈キャンビ〉はデビューからまだ2年と間もないながら、高いクオリティーの歌とダンスに加え、バラエティーにも対応するトーク力やモデル顔負けのビジュアルで今最も注目を集めているアイドルグループの一つだ。
中でも智美がハマったのは如月海斗という「メンバーカラー:青色」の、えくぼと八重歯の男の子だった。
YouTubeで見ることができる動画は全て繰り返し視聴した。ファンクラブにもすぐに加入し、ファンクラブ限定のメンバーブログは過去のものまで全て読み込んだ。夫から支払われている月々の慰謝料でCDやライブDVDや生写真を買った。
誕生日は7月22日で23歳。東京都八王子市の生まれだけど父の転勤で小学2年から中学3年の秋までは福岡で暮らしていた。しし座で辰年。星座&干支バトルなら俺が最強だよねと真顔で言うのがファーストツアーの名古屋公演からの鉄板ネタで、好きな食べ物はケチャップのオムライス。だけどグリーンピースが食べられない。握手会ではそっけない態度を取っているけれど、実はメンバーやファンのことを人一倍大切に思っていて、ファンの顔と名前を覚えるのはメンバーのなかで一番早いし、ライブの途中ではよく手を振りながら泣きそうになっている。チャームポイントだと言われている八重歯は実はコンプレックスだと、デビューシングルのメイキングインタビューで照れながら話していた。
智美はそうやって、推しの全てをひもとこうとした。推しの全てを知り、受け入れようとした。推しを愛でることは生活のきらめきであり癒やしだった。
たとえ面接で失敗して就職活動がうまくいかなくても、スマホを開けば推しの笑顔があり、家に帰れば歌声で智美を慰めてくれた。母が風呂場で転んで膝を痛めても、時折夫から長文の謝罪メールが届いても、そういう現実のつらいことや面倒なことはすべて推しが忘れさせてくれた。生きていていいんだと教えてくれた。むしろ俺のために生きてくれとすら言われているような気がした。世界は推しを中心に回っていた。推しは智美の神だった。
息子でもおかしくない年の男の子に何を入れあげているんだと思わないわけではない。けれど推しを推すことはもはや生活に欠かせないものだった。食事をするように、風呂に入るように、智美は推しを推した。
「ともちゃん、これ、届いてたけど、大丈夫なのかい?」
居間で食事をしていると、母が封筒を渡してくる。カード会社からの督促だった。
「ああ、ちょっと払い忘れてただけ。大丈夫」
「お仕事は決まりそうかい? 慰謝料があるって言ったって、いつまでもそれで暮らしていけるわけじゃないんだろう?」
「分かってるよ。うるさいな。ちゃんとやってるよ」
智美は食事を途中で切り上げ、二階の自室へと向かった。ベッドで丸くなりながら、生写真を収めたファイルを抱える。
——暗い夜に怯えないで。僕が君の朝陽になるから。
自分のことを分かってくれるのは推しだけだ。
●「推し活」に没頭したいけれど無職の智美。お金のやりくりは大丈夫でしょうか? 後編「介護も手につかず母のお漏らしを放置… 『推しの炎上』で気づいた“痛すぎる”事実」にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。