「マイナス金利」の狙いは景気浮揚
近年、日本は「超低金利の時代」と言われてきました。その象徴となるのが大手銀行の金利で、普通預金の金利(利息)は2016年からずっと0.001%です。
他方で国債の金利はわずかながら上がってきました。個人向け国債の金利は、22年初頭までは期間にかかわらず一律で年0.05%でしたが、10年物が0.33%まで上がっています。1年ほどで実に6.6倍の高騰です。金利の面から見ると、デフレからインフレの局面に入ってきたことを感じさせます。
この日本の低金利は、90年代初頭にバブル景気が弾けたことと大きな関係があります。砂上の楼閣のごとく異常な好景気が急速にくずれた日本では、不景気とデフレのスパイラルに突入しました。
この不景気を脱するために、国と中央銀行(日本銀行)が行った金融政策が「金利の引き下げ」だったのです。これは、いわゆる「金融緩和」策の一つです。
なぜ金利を下げると景気が良くなると考えられるのでしょうか。
まず、金利が高いと、お金を借りてまで新事業を起こしたり投資をしたりする企業や人が増えません。世の中のお金が動きづらく、活気が生まれないため、景気はしぼみます。
そこで金利を下げると、借金をした場合の返済利息が少なくて済むので、お金を借りやすくなります。企業も新事業のスタートアップや設備投資が容易になりますし、個人では住宅などの高額なローンを組んでも返済負担が軽くなります。
銀行にお金を預けておいても、低金利で利息収入などスズメの涙ですから、人々が「お金は貯めるよりも使うことが有益」と考えがちになることでお金が世の中に回るようになり、景気が良くなるだろうと考えられるわけですが、政策当局の思惑通りにはいかず低金利を生かした積極的な経済活動を始める動きが盛り上がらなかったのは、ご存じの通りです。
そこで、さらなる景気テコ入れ策として導入されたのが、1999年からの「ゼロ金利」、それでもダメだということで、2016年には「マイナス金利」です。マイナス金利ということは、お金を貸す側が利子を取られて、お金を借りる側に利息が付くという、一般的な感覚からすると妙な現象になります。
ただし、日本でマイナス金利が適用されるのは、金融機関が日本銀行の当座預金口座に預けている資金の一部に対してのみです。銀行などの金融機関は、日銀に資金を預けたままにしておくとマイナス金利という形でペナルティを課せられるので、その分の資金が企業への貸出や投資に回ることを企図した政策だったのです。
ゼロ金利・マイナス金利下では、確かに企業や個人にとって借金はしやすくなり、新たなビジネスにチャレンジしようとする人々には追い風となり、一部の企業では、設備投資や研究開発投資を増やすなど、一定の効果はありました。
しかし、明るい将来が見えない中で、どんどん借金を増やした代表格は、皮肉なことに国(政府)自身であることも事実です。
政府・日銀は、財政金融政策を通じ経済の安定を図る責務を負っていますが、当の政府自体は、インフレになれば過去の借金の価値も実質で大幅減少する(仮に1億円借りて、100倍のインフレがくれば、その借金は100分の1すなわち実質100万円の返済ですんでしまう)のです。それゆえ今や借金まみれとなった政府は、「デフレを脱却し、年率2%程度のインフレを実現」と言いつつも、実は自身はインフレの「恩恵」を最も受けやすい立場にあります。
こうしたことから政府は、財政のツケを日銀に回す、つまり国債を発行しいったん市場で販売したことにして、それを日銀に購入させるという、「市場を迂回させた日銀による国債引受」(市場を迂回しない直接引受は財政法第5条で禁じられているため、脱法的に迂回させる手法がとられている)を続けているのです。
このようなことがサスティナブル(持続可能)であるはずもなく、最終的に政府・日銀が市場の信認を失うことでハイパーインフレが起これば、借金の大半を帳消しにできるという、モラルハザードにつながりかねない要素をはらんでいることは頭の片隅に置くべきでしょう。
『「新しい資本主義」の教科書』
池田健三郎 著
発行所 日東書院本社
定価 1,760円(税込)