日本銀行の黒田東彦総裁は2022年6月17日の会見で、現在行っている金融緩和策の継続を発表した。黒田総裁によると「日本経済はコロナ禍からある程度持ち直している」としながらも、引き続き緩和路線を続け、経済をサポートしていきたいと述べている。記録的なインフレを抑え込むべく海外の中央銀行が相次いで金融引き締めに走るなか、日銀の政策は世界のトレンドから逆行するかたちだ。

金融緩和の維持をめぐっては、円安や物価高をさらに助長しかねないという見解もある。そのことからも政策を主導する黒田総裁の考え方を疑問視する声が相次いでおり、記者会見において手厳しい質問を浴びせられる場面もあった。そこで今回は、金融緩和の維持が議論を呼んでいる背景や、黒田総裁の発言から見る日銀の政策姿勢について解説する。

議論の原因は「緩和を見直しても残る景気下降のリスク」

日銀の金融緩和が議論を呼ぶ主な原因は、緩和の継続と見直し(引き締め)、どちらを選んでも日本経済に大きな痛みを伴うかもしれないジレンマにあるといえる。

そもそも金融緩和とは金利の抑制や市場への資金供給によって、落ち込んだ景気の浮上を目指す中央銀行の政策だ。基本的には物価や賃金の適度な上昇や、安定した経済成長の実現をもって終了する政策であり、恒久的に行われるものではない。経済が自立して走行するまでの「補助輪」と考えるとわかりやすいだろう。

しかし、黒田総裁が就任直後から実施した金融緩和は、2022年で10年目を迎える。長年のデフレを脱却すべく、消費者物価前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を掲げて粘り強く緩和を続けてきたが、賃金や物価水準に劇的な改善は見られていない。むしろ低金利や景気を活性化するために市場に供給された「緩和マネー」などの「補助輪」なしには経済活動が危ぶまれる経済状況を生んでしまった。

そこにコロナ禍やウクライナ危機をきっかけとした急激なインフレという新たな問題が発生した。物価動向の代表的指標である消費者物価指数(除く生鮮食品)は、2022年4月の調査において約7年ぶりに前年同期比2%台へ到達。賃金上昇や安定的な経済成長を伴うことなく、日銀の予期しないかたちで物価安定目標の水準に達してしまった。

物価高騰は家計を圧迫し、経済のさらなる下押し要因となる。過度なインフレを抑制するには、現在の金融緩和の見直しも方法のひとつになるかもしれない。

例えば、日銀は「指し値オペ」として、10年物国債の利回りがプラス・マイナス0.25%のレンジに収まるよう同国債を無制限に買い入れている。これは長期金利の上昇を抑制して市場の貨幣供給量を増やし、モノの需要を喚起するためだ。指し値オペを止めないまでも、利回りのレンジにいくらか幅をもたせるだけでも緩和の縮小効果はあるだろう。また、時機を見て政策金利の引き上げを行うことも選択肢の一つだ。

しかし、上記のような見直しは国内経済をさらに失速させる要因になりかねない。例えばコロナ禍を経て債務を重ねている中小企業や、住宅ローン世帯などの利払い増加が懸念される。また、新たな借入金の負担も増えるので、企業の設備投資も抑制に傾くだろう。 高金利により、個人にとっては余剰資金を貯蓄に回すモチベーションが生まれ、消費が抑制される恐れもある。

このように、金融緩和を続ければさらなる物価上昇が景気の下押しとなり、緩和を見直しても経済活動を阻害してしまう可能性が生まれるという、悩ましい状況に陥っているわけだ。