安藤百福(あんどう・ももふく)は食品大手「日清食品」の創業者です。世界で初めてインスタントラーメンを発明し、日清食品を世界的な大企業へ育て上げました。NHKの連続テレビ小説『まんぷく』でも取り上げられたため知っている方も少なくないでしょう。

3月5日は安藤百福の誕生日です。今日は「日清食品の歩み」と同社に受け継がれる「日清10則」について学びましょう。

世界初の即席ラーメン。うどん6円の時代に35円

安藤百福は1948年に現在の日清食品につながる「中交総社」を設立しました。当初は魚介類の加工・販売のほか、紡績業や雑貨の販売などを手掛けていましたが、1957年に事業に失敗し自宅としていた借家以外の全ての財産を失います。

しかし安藤百福は諦めません。自宅の裏庭に小屋を建て、インスタントラーメンの研究を始めます。ラーメンを選んだ理由は闇市での光景でした。ラーメンの屋台に並んだ人々の姿から日本人が麺好きであることに着目し、家庭でもお湯だけですぐに食べられるラーメンを作ろうと決意したのです。

そして妻が天ぷらを作っている様子から、麺を油で揚げるという方法を思いつきます。油で揚げた麺は乾燥した状態になるため保存性に優れ、しかもお湯ですぐに柔らかい状態に戻る利便性も兼ね備えていました。麺を油で揚げるという方法は、まさにインスタントラーメンにとって理想的な製法だったのです。

そして1958年、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が製品化されました。値段は1食35円でしたが、当時はうどん1玉が6円の時代。売れ行きを心配する声もありましたが、その利便性から大ヒット商品となります。当時は初期の高度経済成長「岩戸景気」にあり、忙しいサラリーマン家庭に受け入れられたのでしょう。

その後も安藤百福は2007年1月に96歳で生涯を終えるまで多くの食品を生み出します。特に1971年の「カップヌードル」は世界的にヒットし、日清食品の躍進につながる大きな財産となりました。

【日清食品の主な歩み】
1948年:資本金500万円で創業
1958年:「チキンラーメン」発売。商号を「日清食品」に変更
1971年:「カップヌードル」発売
1976年:「日清焼きそばU.F.O.」「日清のどん兵衛」発売
2021年:カップヌードルブランド累計500億食突破