「なんとか万円の壁」が多すぎる
「年収の壁」の議論が活発化している。壁には100万円、103万円、106万円、130万円のほか、1億円といったものまであり、住民税や所得税、社会保険料、配偶者控除等の対象になるかならないかの境目であるとか、所得税の実効税率が低下するポイントであったりする。以下、2つの代表的な壁について述べてみたい。
まず、「年収103万円の壁」だ。給与所得者の年収が103万円(基礎控除(48万円)と給与所得控除(55万円)の合算)を超えると所得税の支払いが発生するところ、基礎控除額などを引き上げることで、手取りを増やそうというものだ。ご存知の通り、国民民主党は75万円引き上げて178万円にするように求めている。この引き上げ額の場合、年収200万円では現状よりも約9万円の減税となり、年収500万円では約13万円、年収1000万円では約23万円、年収1500万円では約32万円の減税となる一方、国と地方の税収が合わせて7兆円~8兆円減ると試算されている。現在、引き上げ幅や対象者などを絞ることで税収減をより小さくできないかという議論が進んでいるようだが、少数与党の状況下、ある程度の控除額見直しが早々に実現しそうな状況である。
2つ目は「年収106万円の壁」だ。5年に一度の公的年金制度の財政検証(今年7月に結果公表)を踏まえ、足元で年金制度改正の議論が本格化する中、短時間労働者が社会保険(厚生年金保険や健康保険)に加入する要件である「年収106万円(月給8万8千円)以上」という賃金要件を撤廃する方向という。今後は週20時間以上働いた場合には、年収に関わらず社会保険に加入することになり、保険料の負担発生により、現在の手取りが大きく減ってしまうケースが出てくる。200万人に影響すると言われており、例えば、年収105万円の会社員に扶養されるパートの方の場合、年間15万円程度手取りが減ると試算されている。
こうした議論を聴くうえでは、「103万円の壁」は所得税に関するもので、「106万円の壁」は社会保険料(厚生年金保険料と健康保険料)に関するものであることを理解する必要がある。「税」と「保険料」は徴収されることは同じだが、保険は予期せぬリスクや困難な状況に備えるための金銭的な保障であり、厚生年金保険は長生きリスクや障害リスク等に備えたものと言える。
少々横道にそれるが、YouTubeでは「厚生年金を最もお得に受け取るには〇歳から受給しなさい」といった解説動画が数多く並んでいるのだが、(終身の)厚生年金をお得に受給するには、出来るだけ長生きすれば良いだけだ。また、在職老齢年金(賃金と年金の合計額が一定額(月額50万円)を超えると年金の一部が減額されたり、全額が支給停止されたりする仕組み)の見直しも話題となっている。ここでも「年金をもらい損ねないようにするには、あなたの賃金をいくらまでに抑えればよい」といった解説が並んでいるのだが、賃金と年金の合計額が一定額を超えても手取り額は順次増えていくわけであり、また、退職後、長生きすれば「もらい損ね」感を軽減することが出来るだろう。
思うに賃金と年金を合わせて月額50万円以上受け取れる方々は、金銭面での不安は比較的小さいのではないだろうか。政府としては「それなりに資金面で余裕のある方々は、財政事情が厳しい中、年金減額をお願いしたい。また、是非とも仕事を通し才能を存分に発揮して社会に貢献して頂きたい。それにより生きがいも感じて頂けるのではないか。」という気持ちかと思う。「そういった考えは政府の思うつぼだ!」といった意見が聞こえてくるような気がするが、政府の思いも理解しえなくもないところだ。
扶養控除は本当に必要か?
「106万円の壁」の話に戻そう。厚生年金保険は長生きリスクや障害リスク等に備えたものではあるが、これまで社会保険料の負担がなかった現役世代のパートの方々にとっては、「障害を負っても年金が出ますよ、また、将来の年金も増えますよと言われても、今後障害を負うかはわからないし、ましてや何歳まで生きられるかわからないよ。」として、一気に大幅な手取り減となる事態を素直に受け入れる方は多くないのかもしれない。
また、「103万円の壁」については、例えば、アルバイトをしている学生(19歳以上23歳未満)が扶養家族にいる世帯では、彼らの年収が103万円超となった場合、親御さんが受ける所得税の特定扶養控除(63万円)が適用外となり、世帯全体で見ると手取りが減少するという事態が発生する。よって、労働力確保の観点より年収の壁の見直しを図るということであれば、基礎控除や給与所得控除の最低額を引き上げるといっただけでは不十分であり、社会保険料負担や扶養控除の適用の在り方についても併せて議論していく必要があることは各メディアが唱えているところである。
思うに、「賃金を得た者は、皆がその額に応じて税や社会保険料を負担する」ということが徹底されれば、こうした壁に伴う課題はかなり解消されていくものと思われるが、既存の制度を大胆に見直すことになり、政治的なハードルはかなり高いだろう。少しずつ壁を低くしていくという手法が現実的なのかもしれない。
ちなみに、扶養控除についてであるが、養育費が馬鹿にならない我が家の愛猫も扶養親族に入れて欲しいのだが、今のところ「人」に限定された制度の見直しには、まずは永田町や霞が関で愛猫や愛犬を家族に持つ方々のご理解とご支援が必要であろう。