少しずつ形になる理想の部屋

最初に手をつけたのは、壁だった。

黄ばみの残る古い壁紙を剥がし、白い塗装で塗り直す。動画で見た通り、マスキングテープを丁寧に貼ってからローラーを滑らせたが、想像よりずっと難しく、最初はムラが目立った。

「……まぁ、最初にしては上出来っしょ」

乾いたペンキを見上げながら、海斗はあちこちに塗料をつけたまま満足げに笑った。

それからというもの、休日ごとにホームセンターへ通い、夜は床に養生シートを敷いて作業した。古道具屋で見つけたランプを取り付け、棚板を設置し、小さな観葉植物をいくつか並べた。突っ張り棒やフックも使い、できるだけ壁に穴を開けずに済むようにはしたつもりだった。SNSで知った方法を見よう見まねで試し、「このくらいなら大丈夫だろう」と、根拠のない自信があった。

計算ミスで板が斜めについたり、買った木材が寸法に合わなかったこともある。特に夏は地獄だった。冷房の効きが悪く、何度も投げ出したくなった。

でも、少しずつ自分の「居場所」が形になっていく感覚が、何より心地よかった。やがて夏が終わる頃、ようやく「完成した」と言える部屋が出来上がった。

「いいじゃん」

全体をベージュとオフホワイトでまとめ、アクセントにナチュラルウッドとグリーンを添えた。床にはフロアシートを貼り、寝具やカーテンも色を揃えてある。光の入り方まで計算した配置は、写真に撮っても映えるだろう。

小さなデスクには間接照明を仕込み、夜の作業も柔らかく包んでくれるようにした。何より、部屋に入ったときの空気が違う。

あの薄暗く、くたびれた空間はもうどこにもなかった。今ここにあるのは、自分の手で整えた、静かで、気持ちのいい生活空間だ。

「……ほんとに変わったな」

低くつぶやいて、海斗は部屋の真ん中に立ちすくんだ。

自分の目で見ているのに、少しだけ信じられないような気持ちだった。片隅に置いたBluetoothスピーカーから、いつも聴いているプレイリストが流れている。どこかのカフェのような空気だ。棚の上にはお気に入りのマグカップと、旅先で拾った石が並んでいる。

ここに人を呼びたい、と思った。

あの雑然とした引っ越し初日にはとても想像できなかったが、今のこの部屋なら、誰かに見せたいと素直に思える。長く放っておいたグループチャットを開き、「うち、完成したから遊びに来ない?」と打ち込んだ。

送信ボタンを押してから、ふと窓際に目をやる。午後の光が、白くなった壁をやさしく撫でていた。かつてのくすみはもうなく、明るく、凛として見えた。部屋の中に流れる空気は清々しく、どこか誇らしげでもあった。