海斗がそのアパートに足を踏み入れたのは、3月の終わり、大学の卒業式から数日後のことだった。

都内の大学に進学したものの、下宿は許してもらえず、4年間隣県にある実家から通学していた。

築40年の部屋に抱いた夢

念願の新居は最寄駅から徒歩15分。築40年を超える木造2階建て。陽当たりは悪くないが、廊下の手すりは塗装が剥げ、階段は歩くたびにギシギシと音を立てた。玄関の鍵を開けて中へ入ると、まず鼻に入ったのは、古い建材がしみ込ませた時間のにおいだった。

「うお、改めて見るとなかなか……」

6畳に薄いフローリングを貼っただけのような部屋。壁紙は黄ばみ、窓のサッシには細かな汚れが浮いている。キッチンは1口コンロ。バストイレはなんとかセパレート。確かに格安だったが、それも納得の状態だった。

「……まあ、こんなもんだよな」

靴を脱ぎ、スニーカーを揃える。段ボールがいくつか無造作に置かれ、どこから手をつけていいか分からず、海斗はその場にしゃがみこんだ。

初めての1人暮らし。

期待と現実の間で、思わずため息が漏れる。

ふと、スマホを取り出してSNSを開く。最近ハマっていた「#ひとり暮らし男子部屋」のタグを眺めながら、オシャレな部屋の写真をスクロールする。

木の質感を生かした照明。ベージュとグレーで統一された空間。観葉植物が自然に馴染むデスク周り。海斗は画面を見つめながら、胸の奥にじわじわと何かが湧き上がってくるのを感じた。

「……自分で、変えればいいじゃん」

思わず口に出していた。

古いとか、使いにくいとか、そういうのはただの前提条件にすぎない。どうせ誰も手を入れていないなら、なおさら自分の色に染めがいがある。SNSで見たあの部屋たちのように、工夫次第でこの空間だって変えられるはずだ。

「よっしゃ」

海斗は立ち上がり、窓辺に歩み寄る。カーテンレールに手をかけながら、部屋全体をぐるりと見渡した。

確かに古いが、見ようによっては素朴で、無駄な装飾がないぶん自由がきく。アイデア次第で、何にでもなれる空白だ。

「やるだけ、やってみるか」

小さくうなずいて、スマホのメモアプリを開いた。必要な道具、変えたい箇所、予算、参考になる投稿のリンク。頭に浮かぶままに打ち込んでいく。自然と顔がほころんでいる自分に気づき、思わず笑った。夕方の光が、くすんだ壁紙に柔らかく差し込んでいた。