見慣れたのれんをくぐり、美穂は引き戸を開く。すると大将が笑顔で声をかけてきた。

「おお、美穂ちゃん。いつものでいいか?」

「うん、お願い」

流行りのおしゃれさなんて皆無の居酒屋だが、炭火の匂いが充満したこの店に来ると家よりも帰ってきた感がある。仕事終わりにたまたま入った店だったが、もうここに通って10年近くになる。

座敷では作業服を着たガテン系の人たちが仕事終わりに楽しそうに酒を飲み交わしている。大通りから外れたところにある店なので新規で人が来ることはあまりない。常連客がいつもいるたまり場のようになっていた。

「美穂、お疲れ」

カウンターに座っていた麻紀が笑顔で手を振ってきた。美穂は笑って麻紀の横に座る。

「いやぁ、またぐっと寒くなりましたねえ」

美穂がマフラーを取りながら愚痴る。11月に入ると途端に寒くなる。こんな会話をこの居酒屋で何年もやっているような気がした。

「そうだねえ。風邪引かないようにしないと」

麻紀は近くの不動産会社で働いていて、年齢は45歳。美穂よりも8つ年上でさっぱりとした性格で姉御的な存在だった。

いつものように2人で仕事の愚痴を話ながらお酒と焼き鳥を楽しんだ。慣れ親しんだ安いお酒と焼き鳥を食べるだけで疲れが吹っ飛んでいく感じがした。着飾らない日常にこそ美穂は幸せがあると思っていた。

「もうすぐクリスマスだけどどうするの? 何もないなら2人で飲まない?」

麻紀が少し顔を赤らめて聞いてきた。

麻紀には恋愛の相談や報告はよくしていて、1年前に彼氏と別れたことも伝えていた。

ちなみに麻紀は20代の頃に結婚と離婚を経験していてそれからはずっと独身を貫いている。「もうめんどくさいのはこりごりだ」とよく話しているので結婚願望はないらしい。

「それが実はちょっと……」