優勝相手に善戦、思わず応援に熱が入るも……

拓人のチームは順調に勝ち上がり、優勝候補との試合を迎えた。空は青く、太陽は強く照っている、絶好の野球日和と言えるだろう。とはいっても、拓人は今日もベンチ。試合前のノックを受けているスタメンたちに向けて、大きな声をかけている。

「奇跡起きるかなぁ。ドラゴンズって優勝候補なんでしょう?」

「身体の大きさ全然違うもんね。同じ小学生とは思えない」

同じチームのママたちが話している。確かに反対側のベンチで素振りをしている相手チームの子どもたちは身体が一回りくらい大きく見える。

絶対勝ちたい。

真剣な表情で言った拓人の言葉が脳裏を過ぎる。あさひは黙ったまま、まだ夏本番前だというのに刺すような鋭く強い光を放つ太陽を見上げて、チームの勝利を静かに願った。

願いが通じた――わけではないと思うけれど、拓人たちのチームや優勝候補相手に善戦していた。一度もリードを奪えてはいないものの、大量失点をするようなことはなく、再三迎えるピンチにも要所を締める粘りの守りで相手チームの攻撃をしのいでいる。スコアは前半の4回が終わって3対1。

もしかしたら、と思わせてくる試合展開に、あさひたちの応援にも思わず力が入っていた。

5回表、2アウト。ランナー3塁。バッターボックスに入るのは4番の田嶋くんだった。

田嶋くんは深呼吸をして一礼し、バットを構える。しかし結果は三振。反撃の糸口はつかめないまま、相手チームの攻撃にチェンジになる。応援席にも落胆の声が広がる。

「うわー、相手のピッチャーすさまじいよ、ありゃ打てないわ」

「あと1本って感じなんだけどね」

隣のママたちに話しかけられる。あさひはそうだねぇと頷いておく。4回を過ぎたあたりから、頭がぼーっとしていた。確かに暑さはあるけれど、かいている汗の量は尋常ではないし、さっきから少し寒い気すらする。

「山田さん、大丈夫?」

「うん……」

大丈夫、と口にしようとした瞬間、身体から力が抜けた。ベンチから崩れ落ち、あさひは固い地面の上に倒れこんだ。

●熱中症だった。あさひの異変はすぐに拓人も知るところになる。ベンチに横たわり、息も絶え絶えなあさひの姿にうろたえる拓斗にあさひがかけた言葉とは。そしてついに、拓人が待ち望んだ瞬間が訪れる。後編:【「母ちゃん許さないよ」息子の野球の試合で倒れた母がうろたえる息子にかけた言葉 そして万年ベンチの息子に起こった奇跡】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。