梅酒、開封……

夕食後、柚子は夫と義母と3人で、ダイニングテーブルを囲んでいた。

全員が固唾を飲んで見守る中、梅シロップの瓶をそっと傾けると、とろりとした黄金色の液体がグラスに注がれていく。氷を浮かべたグラスの中で、それは炭酸水と混じり合い、細かな泡を弾けさせた。

「じゃあ……乾杯?」

柚子がグラスを差し出すと、隣に座った夫は少し笑ってから「乾杯」と声を重ねた。一口飲んだ夫は目を丸くして、口の端を上げた。

「……これ、めっちゃ美味しいじゃん。ほんとに柚子が作ったの?」

「ちょっと、失礼ね。まあ……ほとんどお義母さんに教えてもらったんだけどさ」

柚子は苦笑しながら向かいの義母をちらりと見ると、グラスを口に運んだ。たしかに市販の物とは違う。10日間、瓶の前でじっと待ち続けた甲斐があった。乾杯には応じなかった義母も、梅シロップをひとさじ口に運び、「……よくできてるじゃない」と素直に笑ってくれた。あの義母が、笑顔で褒めてくれるなんて梅仕事を始める前には想像もしていなかった光景だった。

「それにしても、まさか柚子さんと梅仕事をする日が来るとは思わなかったわ。ほんと、良く知ってたわねぇ」

「……実は……梅仕事を思いついたのは、SNSがきっかけなんですよ」

柚子はスマートフォンを開き、保存していた画像を見せた。

鮮やかな梅の緑と、キラキラ光る氷砂糖。コメント欄には「今年もこの季節がきた!」「我が家の梅シロップ、毎年恒例です」といった投稿が並んでいる。
義母は、恐る恐るといった感じでスマホをのぞき込んだ。

「へえ……今の人はみんな、こういうの見て作ってるのね」

「そうですね。でも、消毒の仕方とか、ヘタの取り方とか。結局、基本は昔ながらのやり方ですもんね」

「……確かにそうね。結局、今も昔もやってることはそんなに変わらないのかもしれないね」

義母はふっと口元を緩めた。

たぶん、柚子はずっとこの人を「苦手な姑」としてしか見てこなかった。遠慮と反発があって、どこか心の距離を取っていた。でも今、こうして並んで梅の香りに包まれながらテーブルを囲んでいると、ようやく少しだけ家族に近づけた気がする。

「お義母さん、来年も一緒に作りましょうね」

そう言うと、義母はわずかに驚いたように柚子を見てから、ゆっくりとうなずいた。

「……いいわよ。柚子さんが飽きてなければだけど」

「いやいや、 私そんなに飽きっぽくないですからね!」

義母と軽口を叩き合いながら、柚子はグラスの中の炭酸が弾ける音に耳を澄ませた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。