<前編のあらすじ>
柚子は義理の家族と共に暮らしている。家は部分共有型の設計なので、常に顔を突き合わせるわけではないが、それでも日に何度か、一緒に過ごさなければならない時間があった。
おおらかな義父とは折り合いの良かった柚子だが、義母の和世とはどうにも馬が合わなかった。新しいもの好きの柚子と異なり、和世は「頑固」といってよいほど変化を嫌う人間だった。
もともと小言を言われるくらいだったのだが、柚子らの子供たちが巣立ち、義父がこの世を去ってからは嫌味がエスカレートするように。
そんな息の詰まる生活のなかでも、柚子には一つの楽しみがあった。「梅酒づくり」である。青梅と氷砂糖、そしてホワイトリカーを瓶に詰め、冷暗所に置き。楽しみに待っていた柚子だが、どうやら保存環境がまずかったのか、梅にカビが生えてしまう。
がっくりと落ち込む柚子。そこに和世がやってきて。
前編:「また無駄な買い物するつもり?」義父を亡くして嫌味が増した同居の義母…窮屈な嫁姑関係を変えた「決定的な出来事」
あんたが作ったの……?
「……柚子さん、これ……梅酒? あんたが作ったの……?」
続く義母の声は、意外にも冷たいものではなかった。むしろ、驚いたような、感心しているような響きが混じっていた。
「え、あ、はい……そうなんですけど……ちょっと失敗しちゃって」
「へぇ……昔はねぇ、よくやったもんよ。夏の始まりは梅仕事って決まってたんだから。懐かしいわ」
義母が梅仕事をしていたなんて初耳だ。意外に思って顔を上げると、義母が少し遠くを見ていた。少なくとも柚子がこの家に嫁いできたころには、義母はもう梅仕事をしていなかった。
「……そうだったんですか? 前の家で?」
「そうよ。でもこれは……カビね。あらら……ちゃんと煮沸消毒した?」
そう言いながらも、義母は少しかがんで瓶をのぞき込んだ。
「えっと……一応、洗って拭いて……アルコールスプレーで軽く……」
「甘いわね。それじゃダメ。まず瓶は熱湯で煮沸消毒。水気が残っていたら、それも完全に乾かす。そしたらアルコールで二重に消毒。ヘタも、ちゃんと竹串か爪楊枝で取らないと、そこから雑菌が入るの」
畳みかけるように話す義母の言葉に、柚子は素直にうなずいた。いつもの小言ではなく、経験者のアドバイスだったからだろう。
「……そうなんですね。うーん……ネットで見た記事には、そこまで細かく書いてなかったかも」
「そんなもの、いい加減なのばかりよ。あんた、なんでもネットに頼りすぎ。あれが便利、これが話題って、踊らされてばかりじゃダメよ」
ピシャリと言われて、柚子は苦笑するしかなかった。だけど、続く言葉は存外柔らかかった。
「でもまあ、やろうって気持ちは偉いわよ。手間をかけて作った梅酒は、味も格別。市販のとは全然違うから」
「へえ……それじゃあ、もう一度試してみます……」
「それじゃ、 早速金曜日にやりましょ。のんびりしてたら時期が終わっちゃうからね。梅は私が用意しておくわ」
「えっ? お義母さん、手伝ってくれるんですか?」
意外に思って尋ねると、義母は視線をそらしたあと、ふっと小さく笑った。
「……しょうがないじゃない。今どきの人は、1人じゃ何もできないんだから」
柚子は思わず笑みをこぼした。義母を可愛らしく感じたのは、おそらく初めてのことだった。