義母と一緒に梅仕事
再チャレンジの日の朝、柚子はエプロンのしわを何度も伸ばした。梅の香りが家の中に広がる、あの心地よいひとときを想像すると、そわそわと落ち着かない。
身支度を終えて部屋から出ると、義母はすでに台所に立っていた。割烹着姿も板についていて、手にはどこから持ち出したのか、竹かごが握られていた。「おはようございます」と声をかけると、「ほら、始めるわよ」と短く返ってきた。
その声には、以前のような刺々しさはなかった。ダイニングテーブルに、粒のそろった南高梅がずらりと並んでいる。朝の光に照らされて、どれもつやつやと美しい。
「うちの梅干しは、毎年、土用干しまでしてたのよ。お義母さんに散々仕込まれたわ」
義母は梅をひとつ手に取って、そっと指先で撫でた。懐かしむような、その仕草からなぜか目が離せない。そうか、この人も竹原家の嫁なのだ。そんな当たり前のことに、今さらながら思い至る。
「土用干しって、あの、天日で干すやつですよね?」
「そう。三日三晩、夜露にも当てるの。干すだけじゃなくて、途中でひっくり返すのも手間がかかる。でもね、その手間が味に出るのよ」
「……手間が、味に」
柚子が繰り返すと、義母は小さく笑った。
「それにしても、あんたが梅仕事とはねぇ。こういう古臭いことは、嫌いかと思ってた。なんでも真新しいものが好きでしょ?」
「うーん……梅酒づくりは私にとっては真新しいことなんですよ。それに、こういうひとつひとつ手をかけていく作業って、案外好きかもしれないです。無心になれるっていうか……」
我ながら、少し意外な言葉だった。でも、決して嘘じゃない。地道に手間をかけることの楽しさや、ゆったりとした時間を味わうような感覚は、今までの柚子の暮らしにはなかったものだ。
「そう。続けることよ、大事なのは。最初だけで終わっちゃ意味がないの」
そう言いながら、義母は慣れた手つきで梅のヘタを取り除いていく。柚子も隣で見よう見まねで竹串を動かすと、折々、義母が手を止めて「それ、もうちょっと深く」とか「そのままだと残っちゃうわよ」と指摘してくる。
しかし、不思議なことに彼女の小言は以前のように気にならなかった。こうして並んで作業をしている時間が、どこか心地よかった。
作業がひと段落して、義母に教わった通りに消毒した瓶に氷砂糖と梅を交互に詰めていく。やがて琥珀色のホワイトリカーが梅に注がれて、瓶の中に小さな世界が生まれた。光が透けて、ぷかぷか浮かぶ梅たちが宝石のように見えた。
「これで、あとは待つだけですか?」
「そうね。梅酒は、すぐには飲めないから。最低でも3ヶ月。梅シロップは10日もあれば味見できるわよ」
「10日……待ち遠しいです」
「焦らないこと。いいものほど、時間がかかるの」
柚子たちはしばらく黙って、瓶を眺めていた。静かな台所に、梅と氷砂糖のぶつかり合う小さな音だけが響いていた。
「ありがとうございます、お義母さん」
ぽつりと言うと、義母はふと目を伏せて、「何が?」とだけ返した。
「梅仕事、教えてくれて……それから、一緒にやってくれて助かりました」
義母はそのまま手元の布巾を畳みながら、小さくつぶやいた。
「私も……久しぶりに、いい時間だったわ」
義母の素直な言葉が、梅の香りとともに、じんわりと胸に染みこんでいった。