返済のスケジュールを考えた

初めて夫婦で言い争いをした翌日、宗弘が差し出したのは、1枚の紙だった。

「これ、借用書のテンプレートと返済スケジュールのシミュレーション」

「え、作ったの?」

「そう、弁護士にも見てもらった」

「早いわね」

「昨日、君が真剣だったからさ。ちゃんとしたほうがいいって思ったんだ」

それから宗弘と相談して、もう一度涼子に会うことにした。静かなカフェで、桃花はできるだけ丁寧に話をした。

「改めて言わせてもらうけど、追加でのお金の貸し出しはできない。でも、最初に貸した分については、ちゃんと計画を立てて返してくれたらいい。利子も取らない」

涼子は唇を噛んで黙っていた。しかし、最後には「わかった」とうなずいた。

「それから……もし、ちゃんと働く気があるなら紹介できる人がいる」

それは宗弘の友人で、最近制作会社を立ち上げたばかりの人物。まだ小さい会社だが、映像制作に熱意を持つ人間を求めていると聞いていた。事前に聞いた採用条件は、涼子の経歴に合っているように思えた。

「ありがとう。もう一度頑張ってみる」

そう言った涼子の顔は、どこかほっとしたようでもあり、不安げでもあった。しかし、目には確かに光が宿っていた。

間もなく涼子は、件の制作会社で働き始めた。真面目に取り組んでいるらしく、毎月少しずつではあるものの、滞りなく返済も続けている。

「涼子ちゃん、うまくやってるみたいだね。あいつも褒めてたよ」

「それならよかった。宗弘のおかげだね」

「いや、俺は何も。安易な解決方法に走ってしまったしね。やっぱり涼子ちゃんが

生活を立て直し始めたのは、桃花のおかげだと思うよ」

「そっかあ……じゃあ、そういうことにしておこうかな」

桃花たちは、涼子の件をきっかけに2人で話をする時間が増えた。お金のことだけではない。テレビで流れる政治経済のニュースから、最近見た映画の感想、今後の家族計画についてなど、話題は様々だ。

話すようになったのは、宗弘が何をどう感じるのか、どんなふうにものを考えるのか知りたい、というのがひとつ。自分の持つ価値観を彼に知ってほしい、というのがひとつだ。今までは、なんとなく宗弘と対等ではないという感覚があった。彼に引け目を感じるあまり、桃花は無意識のうちに自分を一段下に置いていたのだろう。

だが、卑屈になる必要はない。宗弘は桃花の意見に耳を傾け、1人の人間として対応に接してくれるのだから。

「あ、そうだ。桃花、どこか行きたいところある? もうすぐまとまった休みが取れそうなんだ」

「ほんと? じゃあね……一緒にボランティアに行ってみたい」

「えっ、いいの? どこかに旅行でもと思ってたんだけど……」

「いいの。宗弘やお義母さんたちが、いつもどんな活動をしてるのか、ちゃんと知りたいから」

「わかった。そうしよう」

宗弘は笑って、桃花の手にそっと自分の手を重ねた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。