友人は会社にまでやってきて
それは、唐突な報告だった。
「今日の夕方、柴田さんが会社に来てたよ」
「えっ……」
夕食を終えたあと、宗弘が口を開いたとき、桃花は一瞬、耳を疑った。まさか涼子は夫の会社にまで金の無心に行ったのだろうか。なんて非常識な、と思ったが、続く宗弘の言葉は少し違った。
「お金を貸してほしいって感じじゃなかったよ。むしろ、君を怒らせたんじゃないかって心配してて。何度も謝ってた」
桃花は黙ってキッチンの蛇口をひねった。
「ちょっと、冷たすぎたんじゃないか?」
「冷たすぎた…? 私が……?」
桃花は顔を上げて、宗弘の顔を見つめた。その目に、非難の色を認めた瞬間、胸の奥に押しとどめていた感情が溢れ出した。
「あなたみたいに優しくすることだけが正しいの? 求められるまま限りなく与えることが、本当にその人のためになるの?」
「えっ、違うよ。俺は少しでも助けになればと……」
「あなたのやってることが間違ってるって言いたいんじゃない。ボランティアや慈善事業をするのは立派だと思うし、尊敬もしてる。でもね、特定の個人にお金を貸すのは、また別の話でしょ」
宗弘は黙ったまま、真剣な顔でこちらを見つめている。まるで桃花の言葉を、一言も聞き漏らすまいとするように。
「涼子は、生活を立て直す努力より、一時的にでも頼れる人を探してた。私が彼女の言いなりになってしまったら、彼女はどこにも進めなくなる。それにね……お金って、貸した瞬間に関係が変わるの。友だちじゃなくなる。“借りた人”と“貸した人”になっちゃう」
言葉にしながら、自分でも驚いていた。こんなふうに、誰かに自分の考えを説明したのは初めてだった。しばらくして、宗弘が表情をゆるめた。
「……桃花、そんなふうに考えてたんだな。ごめん、俺少し先走ってたかもしれない」
「ううん。私こそ、感情的になってごめん」
長い沈黙のあと、2人の間にようやく落ち着いた空気が流れた。