<前編のあらすじ>

佳菜子の一人娘美菜は20歳になり、ついに巣立ちのときを迎えていた。佳菜子は独り立ちする娘に渡そうと思っているものがあった。ずっと貯めてきたお年玉である。

口座の中身を確認しよう。そう思い、佳菜子は銀行に足を運ぶ。しかし、100万ほどあった預金はごくわずかしか残っていない。

思い当たる節があった。ギャンブル好きの夫・勇司だった。問い詰める佳菜子を前に勇司が口にしたのは、とんでもない使い込みの理由と呆れ果ててしまうような言い訳だった。

●前編:「…残高が、ない」ほとんど空になっていた門出の日に渡すはずだった娘の”お年玉貯金”その行方とは

夫は観念したように溜息をつき……

夕食の片付けを終え、美菜が自室に戻っていったタイミングを見計らって、佳菜子は切り出した。

「勇司、ちょっと大事な話がある」

彼はテレビのリモコンをいじりながら、「何だよ」と気のない返事をした。リビングには夫婦2人だけ。佳菜子の手には、今朝記帳したばかりの通帳があった。

「この通帳の残高……これはどういうことなの?」

勇司がぴたりと動きを止めた。

「……何の話だ?」

「とぼけないで。美菜のお年玉、全部貯金してたはずなのに、残高がほとんどないの。あなた、何か知ってるでしょう? ちゃんと説明して」

勇司は一瞬だけ目をそらした。そして、観念したように、ため息をついて言った。

「まあ、その……一応、悪いとは思ってるよ」

ガリガリと頭をかきながら使い込みを認めた勇司。

「自分が引き出したことは認めるわけね……何に使ったの?」

「競馬とかスロットとか、まあ色々……」

その言葉を聞いた瞬間、身体のなかの、内臓という内臓が沸騰した油のような怒りが噴き出した。

「嘘でしょ……⁉ どうして美菜のお金に手をつけたの? あの子のために貯めてたお金なのよ! 信じられない……!」

思わず声は鋭くなる。勇司は眉間にシワを寄せ、露骨に苛立った顔を見せる。

「そんなに責めるなよ。増やしてやろうと思ったんだよ。俺なりの親心ってやつだろ?」

「増やすって…そんなの、ただの言い訳よ! 使って遊んだだけじゃない」

「お前だって、ギャンブルでいい思いしただろ? 勝ったときは焼肉行ったり旅行行ったり、家族で楽しくやったじゃねえか」

「そんなの……」

佳菜子は思わず言葉に詰まった。

確かに、時々勇司がスロットや競馬で勝ったときに家族で贅沢をしたことはあった。しかし、そのために美菜の貯金が使い込まれていたとなれば話は別だ。

「美菜のために貯めてたお金なのよ。あなたが遊ぶお金じゃない。あの子が将来使うためのものだったの!」

「だから、悪かったって言ってんだろ!」

部屋の空気のすべてを薙ぎ払うように、勇司が声を荒げた。

「……そんなに責めるなよ。俺だって悪気があったわけじゃねえんだ」

張り詰めるリビングの空気に抗って、佳菜子は立ち上がる。

「悪気がなければ何をしてもいいわけじゃない」

勇司は黙り込む。リビングにはテレビから聞こえる笑い声がむなしく響いている。