同じこと聞くなよ
それから間もなく、勇司の使い込みは、美菜本人の知るところとなった。
「どういうことなの、お父さん?」
リビングに響く、美菜のいつになく冷たい声。テーブルの上には、件の通帳が置かれていた。
「だから、増やそうと思ったんだよ。母さんと同じこと聞くなよ」
勇司はどこか開き直ったような態度だった。
「競馬とか、スロットとかで?」
「そうだよ。俺だって家族のことを思ってやったんだ」
黙って見ていようと思っていた佳菜子だったが、思わず「は?」と低い声が出た。
「家族のことを思って? 美菜のためのお金を使い込んで、そんなのただのギャンブル依存じゃない!」
しかし売り言葉に買い言葉。勇司も声を荒らげて、佳菜子をにらむ。
「あー、もう! ちょっと借りただけだろ! それに銀行で寝かしとくより、投資する方がいいと思ったんだよ!」
「お父さん、それまじで言ってんの?」
美菜の鋭く冷たい視線が父親の威勢を削ぐ。
「……わ、悪かったって言ってるだろ!」
勇司の露骨な舌打ちが響く。
「俺だって失敗くらいするさ。でも、家族なんだから許してくれてもいいだろ?」
その言葉に、佳菜子と美菜は同時に息を呑んだ。
「許せなんて簡単に言わないで」
美菜が小さな声で言った。
「信用を裏切られるのって、すごく辛いんだよ。たとえお金を返してくれたって、もう遅いから」
佳菜子は娘の横顔を見つめた。目にはうっすら涙が浮かんでいたが、それでも美菜は泣かないように必死で耐えていた。
「お父さん、何もわかってないんだよ」
勇司はもう一度舌打ちをして、荒っぽく溜息をつく。その音が、壊れていく家族の音なのだと、佳菜子は遅れて気づくのだった。