困っている者を見捨てられない
「ねえ、貴理子さん……どうして、こんなにたくさん猫がいるんですか……?」
言葉を選びながら郁美が尋ねると、貴理子はうつむいたままポツリポツリと話し始めた。
「この子たちはみんな、元は野良なんです。最初は1匹だけでした。雨の日に捨てられていた子猫を見つけて……どうしてもそのまま見捨てることができずに拾ってしまったんです」
郁美はあきれながらも、黙って貴理子の話に耳を傾けた。
「最初は本当に1匹だけのつもりだったんですが、かわいそうな捨て猫や野良猫を見ると、つい世話を焼きたくなってしまって……連れて帰った猫たちは、いつのまにか増えてしまうし、どうにかしなきゃと思っていたんですけど、気が付いたら手に負えなくなってしまっていて……」
郁美はその話を聞いて、少し同情する気持ちが湧いた。お人よしで困っている者を見捨てられない。そのくせ、不器用で人に頼るのが苦手。郁美には、貴理子のような人物に心当たりがあった。
それは父だ。虫も殺せないほど優しい性格の父は、いつも抱えなくていい面倒事を抱えていた。母は「損な性分だ」と愚痴っていたけれど、郁美はそんな父が嫌いになれなかった。貴理子に対しても、先ほどまでのような怒りの気持ちはない。決して悪意を持って猫を増やしていたわけではないことが分かったからだ。しかし、それでもこの状況は明らかに異常だ。臭いも我慢はならない。速やかに改善しなければと思った。
「でも、貴理子さん、このマンションはペット禁止ですよね? 臭いもひどいし、他の住民にも迷惑がかかっていると思います」
郁美は冷静に、しかし力強く言った。貴理子は肩を落とし、無言でうなずいた。
「はい、自分でも分かってはいるんです。でも、具体的にどうすればいいか分からなくて……」
郁美はしばらく考えた後、優しく言葉を続けた。
「まず、臭いの対策をしましょう。それで……猫たちの新しい飼い主を探しましょう。やっぱり、ここで飼うのは難しいですよ」
「分かりました……臭い対策、ちゃんとやります。それに、この子たちの新しい家も探します」
貴理子は、郁美の言葉に大きくうなずくと、必ず現在の状況を改善すると約束してくれた。
貴理子の真剣な表情に少し安堵した郁美だったが、それだけでは終わらなかった。