<前編のあらすじ>

郁美(42歳)と夫の宗司(41歳)は、リノベーションされたマンションに引っ越してきて三カ月になる。築年数は古いものの、ホテルのように洗練された内装を郁美はとても気に入っていた。

しかし夏になると、隣人の貴理子という50代風の女性の部屋から漂ってくる悪臭に悩まされ続ける。エレベーターで偶然会った貴理子へとやんわり探りを入れてみるが、歯切れの悪い答えで、結局原因は分からずじまいだった。

夫に相談し、管理会社に連絡するが、一向に解決する兆しもない。いよいよ我慢の限界に達した郁美は、貴理子の部屋へ突撃することに決めた。

●前編:「何かが腐ったみたいな…」隣人との“異臭トラブル”に耐えかねた末、40代在宅主婦がとった「あり得ない行動」

ニオイの正体は…

郁美は思い切って貴理子の部屋のインターホンを押した。控えめな性格の貴理子に強く物を言うのは心苦しいが、このままでは自分の生活が台無しだ。チャイムから数秒後、ドアが静かに開いて貴理子が顔を出した。いつもの柔らかな笑顔を浮かべているが、どこかぎこちなさも感じる気がした。

「こんにちは、丹羽さん。どうかされました?」

郁美は一瞬ためらったが、深呼吸して本題に入った。

「すみません、こんなこと言うのは心苦しいんですが、ずっと気になっていたことがあって……お宅から漂ってくる臭いが、最近本当にひどくて。何か原因があるんでしょうか?  私もう、耐えられないんです」

郁美が必死に伝えると、貴理子の表情が固まった。

「それは……本当にごめんなさい。最近、掃除が行き届いていなくて……」

貴理子が苦し紛れの言い訳を始めたそのとき、部屋の中から「ミャーミャー」と鳴く声が聞こえてきた。よく聞くと何かをガリガリと引っかくような音も混じっているようだった。

「今の、何の音ですか?」

「え? あ、あの……ちょっとテレビがつけっぱなしで……」

貴理子はとぼけた顔で笑ったが、そんなことで引き下がる郁美ではない。

「そんなわけないですよね? 明らかに部屋の中に何かいますよね? 」

郁美は、半開きのドアに頭を入れて中をのぞき込んだ。部屋の奥からは、強烈なアンモニア臭が一気に押し寄せてきて、郁美は思わず息を止め、手のひらで口と鼻を覆った。窓を開けたときに部屋に入ってくる臭いとは比べ物にならないひどさだった。

「何の臭い……」

郁美がつぶやくや、「みゃぁ」とか細い声が聞こえた。半開きになっていたリビングの扉の隙間から茶色と白のしま模様がのぞく。

「猫……?」

「あぁ、はい」

目を見開いて固まっていた貴理子だったが、廊下を通って歩み寄ってきた猫を抱きかかえると、観念したように郁美を部屋へ招き入れた。

室内は、郁美の予想以上に雑然としていた。破れて剝がれかけた壁紙、無数の引っかき傷が残る柱、汚れたままの猫トイレ――

そして何より、数えきれないほど大量の猫たち。

「猫が……こんなに……」

ソファの上、日の当たる窓際、床のあちこちに猫がいた。おとなしい子もいれば、活発に動き回っている子もいて、正確な数は数えられない。目に見える範囲だけで、10匹以上の猫がいた。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」

貴理子が再び謝る。

郁美は言葉を失ったまま、辺りを見回した。部屋のあちこちに猫用の毛布やおもちゃ、床にちらばったキャットフード、そして何より部屋全体に漂う強烈な臭い。大量の猫たちが原因を作っているのは、もはや疑いようがなかった。これが世に言う飼育崩壊という状態なのだろうか。