1人で謝罪に来た英里菜の夫

お茶会はそのままお開きになり、鷲尾家はそのひと月後に引っ越していった。その後、お茶会が開催されることは二度となかった。

引っ越し前には、余分にプールしていた会費として封筒に包んだ4万円を持って、英里菜の夫が謝罪しに来た。なんでも、夫は今年の初めに身体を壊し、くだんの総合商社を退職していたそうだ。しかし仕事を辞めただなんて恥ずかしいと、英里菜の命令で毎日働きに出るフリをしてマンションを出ていた。初めのほうはカラオケや漫画喫茶で時間をつぶすようにしていたが、お金がかかるとして禁止され、行き場のなくなった夫はあの公園にたどり着いたらしい。

佳織はとうてい足りない4万円を受け取り、英里菜の夫を見送った。たった1人でやってきて、妻の代わりに何度も頭を下げる夫を見ていると、佳織はいたたまれない気持ちになってしまい、かける言葉すら見つけられなかった。

とはいえ、英里菜がいなくなったことで、マンションの雰囲気は大きく変わった。お茶会は当然なくなり、以前のような住んでいる階や夫のステータスでマウントを取りあうようなこともなくなった。すれ違えばあいさつくらいはするし、子供が同じ学校に通っている以上顔を合わせることも多いが、必要以上に関わろうとはしなかった。おそらくは佳織も、他のママ友も、第2、第3の英里菜が現れるのを恐れているのかもしれない。

「ただいまぁ」

玄関の扉が開いて、佑が学校から返ってくる。ぼんやりしていた佳織は立ち上がり、佑を出迎える。

「学校どうだった?」

「別に普通。それよりおなか減っちゃった」

佑に言われて、佳織はもうそんな時間かと時計を見る。

「それじゃあ、ご飯の準備するからそれまで宿題やっておいで」

佳織はそう言って、エプロンをつけた。ジーンズにTシャツ。アクセサリーはつけず、髪は無造作に束ねているだけ。

着飾らなくても、佑の成長を見守りながら過ごす日々には輝きが満ちていることを、佳織は知っている。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。