原油とコンピュータサービスの同質性

この会議資料の秀逸な部分はコンピュータサービスと原油を並べて議論した点だろう。確かに、日常生活に食い込んでおり、価格の決定権が相手方にあるという意味では中東産油国などから輸入する原油も、外資系企業から購入するデジタルサービスも共通する。筆者のコラムを読んで頂いた読者から「日本はデジタル原油を掘り当てないといけない」といった感想を頂戴したことがある。非常に巧い表現だと感じた。

しかし、原油は諸要因で価格変動する一方、恐らくデジタルサービスの単価は今後上がることはあっても下がることは考えにくい。既に述べたように、デジタルサービスを提供する外資系企業で働く人々の給料は上昇傾向にあるのだから、値上げは不可避の展開に思える。

日本人がその痛みから開放されるためには日本人の給料も同じかそれ以上に上昇する必要があるわけだが、その難易度が高そうなことは多くの国民が知る通りである。コンピュータサービスへの外貨支払は原油へのそれと同様、日本経済にとって必要不可欠だが、その価格形成に殆ど関与できないという意味で厄介なコストとなる恐れがある。

日本の国際収支構造を突き詰めるほど、外貨が獲得しづらい体質になっている疑いは相当に強い。元々、天然資源に乏しいことが交易損失の拡大(≒端的には海外への所得流出)を通じて実体経済の足枷となりやすい歴史が日本にはあった。恐らく、デジタルサービスはそれと類似の足枷になっていく可能性がある。

もちろん、デジタルサービスを抜きにして実体経済の生産性が改善することも難しいだろうから、それ自体が実体経済に対して持つ前向きな効用も無視してはならない。

しかしながら、原油を筆頭とする鉱物性燃料価格の上昇が為替需給を歪め、円売りを促してきたという歴史を踏まえると、「新時代の赤字」がそれに次ぐ、いやそれに勝る円売り材料として幅を利かせてくる未来は警戒すべきストーリーではないかと思う。

2024年3月、財務省に国際収支分析をテーマとする有識者会議が発足した背景も、大きな構造変化が国民生活に不安をもたらす可能性を看過してはならず、処方箋を検討すべきという問題意識があったと考えられる。

●第4回は【歴史を振り返ったとき2024年は重要だったという年に!? “オルカン”など外国株投信が買われた“すさまじい勢い”】です。(9月30日に配信予定)

弱い円の正体 仮面の黒字国・日本

 

著者名 唐鎌 大輔

発行元    日経BP 日本経済新聞出版

価格 1,100円(税込)