中央銀行の金利政策が発表されると、SNSで瞬く間に情報が広がる時代。オールカントリーやS&P500のインデックスファンドも外貨建て資産のため保有している人の中には、FRBや日銀の一挙手一投足が気になる人もいるかもしれません。
そんななか、1冊の本が話題となっています。みずほ銀行チーフ マーケット・エコノミストの唐鎌 大輔氏の『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』です。
為替は金利だけでは決まりません。長期的な通貨の需給は、結局のところ様々な国際取引の積み重ねです。唐鎌氏は日本の国際収支を丹念に分析し、歴史的な円安の背景を解き明かそうとしています。(全4回の3回目)
●第2回:国も“デジタル小作人”? 日本の頭脳流出による「デジタル赤字」の正体に迫る
※本稿は、唐鎌大輔著『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日本経済新聞出版)の一部を抜粋・再編集したものです。本稿の情報は、書籍発売(2024年7月時点)に基づいています。
「新時代の赤字」は原油輸入を超える
その他サービス収支赤字、本書のフレーズで言えば「新時代の赤字」はデジタル赤字という象徴的な名称と共に様々なメディアに取り上げられるようになった。必然、注目度の高まりと相まって将来の見通しを具体的な数字と共に問われることも増えている。
この点、2022年7月20日に開催された経済産業省の「第6回半導体・デジタル産業戦略検討会議」の資料ではクラウドサービスなどを含むコンピュータサービスが生み出す赤字に関し、「現在のペースでいくと、2030年には約8兆円に拡大する」との試算が示され、これについて「原油輸入額を超える規模」という表現が付けられた(図表1-11)。
この際、同資料では2021年の原油輸入実績として約6.9兆円という数字が紹介されているが、図示されるように、2014年や2022年、2023年のように、それよりも遥かに大きな輸入額だった年もある。それゆえ、この点はラフに「6〜10兆円」くらいと構えておけば良いだろう。
提示された「8兆円」の積算根拠については「国内パブリッククラウド市場の規模に近似していると見なし、今後、国内パブリッククラウド市場の民間予測に基づく成長率と同程度に拡大すると仮定すると、2030年には年間約8兆円の赤字額になると推計」と資料には注記されている。こうした経済産業省予測が実現すると経常収支のイメージはどう変わってくるのか。以下で簡単に考えてみたい。
予測通りなら「新時代の赤字」は約▲12兆円に
「通信・コンピューター・情報サービス」という項目全体のなか、同会議では「コンピュータサービス」だけを切り出している。しかし、2023年を例に取れば「通信・コンピューター・情報サービス」の赤字(▲1兆6149億円)はほぼ「コンピュータサービス」の赤字(▲1兆4407億円)で説明可能ゆえ、いずれで議論しようと大勢に影響は無い。
仮に「コンピュータサービス」だけで▲8兆円もの赤字を記録すると考えた場合、2023年を例に取れば「通信・コンピューター・情報サービス」の赤字が約6兆円以上(約▲1・7兆円↓▲8兆円)も拡大するイメージになる。「通信・コンピューター・情報サービス」を包含するその他サービス収支(≒「新時代の赤字」)は2023年で約▲5・9兆円の赤字だった。ということは、その他の条件が一定ならば、試算通りに「コンピュータサービス」の赤字が拡大すると「新時代の赤字」は2030年に約▲12兆円(▲5・9兆円+▲6兆円)に達する。
約▲12兆円という「新時代の赤字」が意味するところは小さくない。既に見たように、2023年の旅行収支は約+3・6兆円と過去最大の黒字だった。日本が直面する人手不足の現状と展望を踏まえれば、旅行収支黒字にはそれほど拡大余地は無いと考えた方が良い。
現状が続けば、いくら旅行収支で黒字を積み上げても、今後拡大していくであろう「新時代の赤字」の半分も相殺できない可能性が視野に入る。そこへ慢性的な赤字である貿易収支、統計上の黒字でしかない第一次所得収支黒字を合計したものが経常収支になる。こうした需給環境の実情を考慮すれば、執拗な円安が続いてしまう状況も少しずつ見えてくるように思う。