親友の山内に呼び出されてコーヒーショップに着いたとき、高橋秀一(42歳)のジーンズにもスニーカーにもしっかりと雨がしみ込んでいた。傘を閉じて店内に視線を巡らせると山内はすぐに見つかった。山内は窓際の奥の席に座っていて、大きく挙げた右手を振っていた。

「急に呼び出して悪いな」

「ひでえ雨だよ。足がふやけそうだ」

高橋はボックス席にかばんを置き、カウンターに注文へ向かう。コーヒーとサンドイッチをトレーに乗せて席へ戻る。山内はストローでアイスカフェオレをかき混ぜている。

「また少し痩せたんじゃないか? ちゃんと飯食ってんのかよ」

「お前は俺のおふくろなのか? ほっとけよ」

山内は昨年離婚したばかりだった。心労で体調を崩したことを理由に20年以上勤めていた会社も辞めていたが、顔色を見る限りもう大丈夫そうだ。

「最近は会員制のジムで鍛えてる。だから痩せたんじゃなくて締まったって言ってくれ」

「おいおい、元嫁の慰謝料とか養育費だってあんのに、一体どこにそんな金があるんだよ。生活のほうは大丈夫なのか?」

「問題ない。事業を始めたんだ」

「へぇ」

高橋は面を食らった。山内は昔から自由なやつで、そのとっぴな行動に驚かされたことだって片手では数えきれない。だが自分では持ちえない性分の山内を、高橋は面白いやつだと思っている。

山内は高橋にスマホを見せながら、始めた事業とやらの説明をした。ウェブ広告を主に扱うマーケティング会社らしく、メーカー勤務の高橋は門外漢だったが、思いのほかちゃんとしていることにまた少し驚いた。

それからしばらく、高橋と山内はお互いの近況を報告し合った。高橋には来年中学に上がる娘と小学3年生の息子がいる。上の娘は小さいころはパパと結婚すると言ってくれていたのに、最近は口すらあまり聞いてくれなくなったのが悩みの種だった。

「それで、相談って?」

高橋は思い出したように聞いてみる。話に花が咲きすぎて、相談があると山内に呼び出されたことを危うく忘れるところだった。