賃金が上がれば物価も上がる“堂々巡り”

もちろん、物価がどんどん上昇しても、一方で賃金も増えるような環境であれば、何も問題はありません。物価が1年で4%上昇したとしても、それと同等か、少し上回るくらい賃金が上昇すれば、賃金上昇によって物価上昇を吸収できます。

このところ「最低賃金」という言葉を、さまざまなところで目にします。これは最低賃金法に基づいて国が定めた賃金の最低額のことで、賃金を支払う側は、定められた最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません。

今年10月から適用される、最低賃金の平均引き上げ幅は43円で、これにより全国平均の時給は1004円になりました。

ただ本来、賃金の上昇は業績の上昇があっての話です。東京商工リサーチが8月18日に公表したアンケート調査の結果によると、「最低賃金上昇の影響はない」と回答した企業は27.7%に過ぎず、61.0%は「何らかの対策を取る」、11.2%は「できる対策はない」と回答しました。

では、どういう対策を取るのかと言うと、「商品やサービスの価格に転嫁する」が最も多い36.3%で、「設備投資を実施して生産性を向上させる」が23.4%、「雇用人数を抑制する」が12.4%でした。

しかし、インフレによる生活水準の悪化を防ぐために賃金の上昇が必要だとしても、賃金上昇の原資を商品やサービス価格に転嫁すれば、さらに物価が上昇してしまい、堂々巡りになってしまいます。

設備投資による生産性の向上は、これから人口減少社会に入っていく日本としては、望ましい方向性であるとは言えますが、雇用人数を抑制して最低賃金をクリアするような企業が増えたら、今度は雇用情勢が悪化します。物価が上昇するなかで職を失えば、生活水準は最悪の状態に陥ります。

また、東京商工リサーチが8月に実施した「賃上げに関するアンケート」によると、企業の賃上げ実施率は84.8%を記録したものの、厚生労働省が発表した2023年6月の実質賃金は、前年同月比▲1.6%でした。

実質賃金とは、賃金の額面金額から物価上昇分を差し引いた、正味の賃金のことですが、それがマイナスということは、賃上げが行われたにもかかわらず、物価上昇分を吸収し切れていないことを意味します。