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日本最古のお金として、長らく「和同開珎(わどうかいちん)」が定説でした。学校でそのように学んだという人も少なくないでしょう。しかし24年前の1月19日、「富本銭(ふほんせん)」が日本で最も古い貨幣だと発表されました。現在では教科書も富本銭が日本最古の貨幣と差し替えられています。

お金の歴史を変えた発見は奈良県で起こりました。今日は富本銭の歴史と、富本銭にも用いられた「銅」について学んでみましょう。

実は新発見ではない富本銭

飛鳥池遺跡(奈良県明日香村)で33枚の富本銭が見つかったのは、1998年のことです。これを機に、日本最古の通貨を巡る研究は大きく前進することになりました。

実は、富本銭が発見されたのはこれが初めてではありません。飛鳥池遺跡で発掘される前にも数例出土していました。発見された数が少なかったことから、当時は貨幣を模したもの、それも奈良時代や江戸時代のようにもっと後期になって作られたものと考えられていました。

しかし、富本銭が飛鳥池遺跡の7世紀(601~700年)後半の地層から発見されたことで、708年に作られた和同開珎より古く、また33枚と大量に見つかったことから貨幣として流通していた可能性が高まります。そして1999年1月19日、奈良国立文化財研究所が富本銭は日本最古の流通貨幣である可能性が極めて高いと発表したのです。

もともと奈良時代に書かれた『日本書紀』には、和同開珎が作られる以前に銅銭があったことを示す記述がありました。それまでは、その銅銭が何を指しているのか分からず、長く謎のままでした。富本銭が日本最古の貨幣であるとされたことで、日本書紀に記載された銅銭が富本銭である可能性が高まっています。