生命保険が役に立ったであろう数々の事例

生命保険は役立つことなく、支払った保険料が安心料だったと、金銭的な消失を後悔しつつも胸をなで下ろすのが一番望ましい活用方法だろう。しかし、残念ながら保険期間中に、役に立つケースは少なくない。

筆者が個人保険分野の第一線に所属していた短い期間の中でも忘れ難き事例がある。ある営業員が飛び込み訪問で新契約を獲得した、新婚間もない赤子を抱えた仲むつまじいカップルがいた。契約締結のお礼に担当者と共に訪問し、仲むつまじいご夫婦とかわいい幼子の家庭に幸あれとほほ笑んだものだ。ところが、契約締結から1年もたたないうちに、ご主人が病気で急死した。保険金を持参した時の小さくなってしまったご主人の骨壺、打ちしおれた奥さんの姿はいまだにまぶたに残る。支払った保険金がお役に立てるはずだとの思いが脳裏をよぎった。

ある営業員のご主人の勤務先の社長は、保険嫌いだった。しかし何とか、かなり高額な契約締結にこぎ着け、契約書を交わし診査も終了。第1回保険料も入金、契約成立を待つだけとなった3日目の早朝、当該営業員から社長が急死したとの電話が入った。本社からの契約成立の報を待ち、保険金の請求となったが、お通夜の日に社長の幼子が「パパ死んじゃった! パパ死んじゃった!」と訳も分からず走り回る姿は参列者の涙を誘った。

一人息子の大学生が交通事故で死亡した家庭に保険金支払いの通知に赴いたが、2週間がたったにもかかわらず対応できたのは父親のみ。母親は別室でなお泣き続け、顔を出せないということもあった。辛かった。

生命保険には生存保険という種類もある。退職した同年輩の人から年金保険に加入していたおかげで何とかゆとりのある生活ができると声をかけられることもある。

諸行無常、常ならずと説かれるように、リスクも多種多様で、明日のことは分からない。保険は欠かせない商品といえよう。

執筆/大川洋三

慶應義塾大学卒業後、明治生命(現・明治安田生命)に入社。 企業保険制度設計部長等を歴任ののち、2004年から13年間にわたり東北福祉大学の特任教授(証券論等)。確定拠出年金教育協会・研究員。経済ジャーナリスト。著書・訳書に『アメリカを視点にした世界の年金・投資の動向』など。ブログで「アメリカ年金(401k・投資)ウォーク」を連載中。