役職定年がもたらす士気減退のインパクト
精神的な節目を感じさせる大きなきっかけは、定年よりも、むしろ役職定年という男性が多いかもしれない。役職定年とは、管理職等の役職者が一定年齢に達した場合、役職をはずれて、専門職などに移行する人事制度である。人事院の調査※9によれば、大企業ほど役職定年制度が整備さており、従業員500人規模以上の企業の約30%は役職定年制を導入している。高い役職や高額な報酬に、自分の価値のよりどころを置いている中高年男性のなかには、定年よりは役職定年で士気が減退するケースは多いと考える。
高齢・障害・求職者雇用支援機構※10の調査によれば、役職を降りた後の変化として、役職を降りた経験のある人の約6割弱が会社に尽くそうとする意欲が下がっている。さらに、同調査によれば、意欲が下がっている人の属性や仕事内容の特徴として、次の4つがあげられている。
1つ目は、高い役職に就いた経験者ほど、その傾向が強いことである。2つ目は、役職を降りた後の職場や職種として、「職場は同じであるが、職種は異なる」および「職場と職種の両方が異なる」経験者で「会社に尽くそうとする意欲」が低下している者が多くなっているのに対して、「職場と職種の両方が同じ」経験者で低下している者が少なくなっていることである。3つ目は、役職を降りた後の主な仕事・役割別にみると、主な仕事・役割が「社員の補助・応援」を行っている経験者ほど、「会社に尽くそうとする意欲」が下がっている者が多くなっているのに対して、「経営層・上司の相談・助言+所属部署の後輩社員の教育」を行っている経験者ほど、その傾向は低いことである。4つ目は、50歳代前半で役職を降りた経験者に比べ、40歳代で役職を降りた経験者ほど、「会社に尽くそうとする意欲」が下がっている者が少なくなっていることである(図表4)。
図表4 役職を降りた後の「会社に尽くそうとする意欲」の変化
出所: 高齢・障害・求職者雇用支援機構「65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―」(平成30年度)をもとに日本総合研究所作成。
これらの特徴には、役職定年に潜む問題や、今後の中高年男性の活躍における示唆もいくつか含まれていると感じる。高い役職に就いた経験者ほど、役職定年後のギャップが心理的に受け入れにくいという状況は想像にたやすい。40代ぐらいから、副業・兼業等を通じて、さまざまな立場を経験する機会があれば、そのギャップに悩むことも少なくなると考えられる。
役職定年を機に、子会社や取引先へ異動し、仕事の環境が変わるケースは少なくないが、そのような状態が必ずしもよいとはいえないことがわかる。一方で、「社員の補助・応援」ではモチベーションが下がり、「経営層・上司の相談・助言+所属部署の後輩社員の教育」では意欲が低下しづらいという結果をふまえると、職場においてどのような役割を与えるかということが非常に重要であるといえる。最近では、派遣会社で顧問を登録・派遣するサービスが出てきているが、年齢を経ると、役割以上に対外的な呼称も本人にとっては、モチベーションに影響することがうかがえる。長年一生懸命働き、自身のキャリアに対するプライドもあるなかで、会社の制度の都合で若い上司のもとで一メンバーとして働くことになった後に、自然体で働ける人は少ないのではないだろうか。若い上司にとっても、アドバイザー的な立場でいてもらえるほうが気を遣わずに接することができる部分もあると考える。ただし、組織側の事情をふまえれば、役職定年者が多い場合、すべての役職定年者をアドバイザー的な役割にするのでは、適正な配置とはいえない。仮に、70歳ぐらいまで従業員が働き続けるような場合、アドバイザー的な役割の従業員が増えるばかりでは、業務のために汗をかいて手を動かす人が相対的に減るどころか、若手が発言をしづらく疲弊してしまうリスクもある。そもそも組織、あるいは企業が成長し続けなければ、多くの人を雇用できなくなってしまうのである。
働く意欲のある多くの中高年男性が、組織の事情と折り合いをつけながら、働き続けるためには、年齢を経てもフラットな関係で、働き続けられる個人の意識の醸成と環境づくりが必要である。制度のあり方を見直すことだけではなく、個々人の希望や能力、ライフスタイルにあわせた働き方や、働き続けていくための技能やスキルの獲得機会を早いうちから、柔軟に選択できるとよいのではないだろうか。
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※1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」
※2 総務省「労働力調査」(2020年)
※3 厚生労働省「平成29年就労条件総合調査」
※4 労働政策研究・研修機構「60代の雇用・生活調査」(2015年7月)
※5 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000z03u-att/2r9852000000z0c0.pdf
※6 柳澤武「高年齢者雇用の法政策―歴史と展望」(日本労働研究雑誌、2016年9月)
※7 厚生労働省「令和元年簡易生命表」
※8 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集 6―4 性、年齢(5歳階級)別初婚率:1930~2018年」
※9 人事院「平成29年民間企業の勤務条件制度等調査」
※10 高齢・障害・求職者雇用支援機構「65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―」(平成30年度)
『中高年男性の働き方の未来』
小島明子著
発行所:きんざい
定価:1,980円(税込)