コンペの大負けを機に経営理念と投資哲学を追求することに

その後、担当が債券運用から株式運用に移り、90年代のバブル崩壊後の相場を経験しました。非常に厳しい投資環境ではありましたが、年金基金の運用をみていて気付いたことがありました。それは、運用の基本方針をしっかり持ち、相場に左右されることなく、しっかりしたポートフォリオを組んで運用している年金基金は、どのような投資環境であったとしても結果を出している、ということです。逆に運用の基本方針も何もなく、行き当たりばったりの運用に終始している年金基金は、どんどん運用利回りが悪化していきました。

運用部門で仕事をするようになって6年目の秋。今でも忘れません。1996年9月6日のことです。ある大手年金基金から、運用方針を見直すので1000億円の運用枠について運用プランを提案して欲しいと言われ、担当者として万全の準備をして、その場に臨みました。そのプレゼンテーションには、私が所属する信託銀行以外に外資系の運用会社も参加しており、提案内容を見たうえで、いずれかに決めるというコンペでした。それが1996年9月6日のことで、なぜ日付まで覚えているのかというと、そのコンペに負けたからです。

その年金基金とは、実は長い付き合いがありました。それにもかかわらず、当時はまだ日本での実績が少なかった外資系運用会社の提案に負けたのです。敗因は、運用のプロとしての自覚の差だと思いました。先方は、そもそも経営者が運用のプロフェッショナルで、みずから自社の理念、運用哲学、運用商品に至るまできちんと説明できるのです。当時の日本の運用機関(信託銀行)は、これが全くできていませんでした。その違いを見抜かれたのです。ちなみにこの時、その外資系運用会社で社長をしていらっしゃったのが後々、私が転職先でお世話になり、資産運用の在り方を徹底的に教えていただいた恩師で、社長を辞められた後、投資教育家になられた岡本和久さんでした。

こうした経緯のきっかけの一つとして、経営理念や投資哲学が明確で、高い運用スキルを持つ運用会社で働きたいという想いが徐々に強まり、私に転職を決意させました。