クウェート侵攻で運用益が一瞬で蒸発したマーケットの怖さ

配属先での最初の担当は債券運用でした。当時は年金運用といっても、ポートフォリオを組んで長期的な観点から運用するのではなく、先物を利用して短期的な売買を繰り返して、利ザヤを稼ぐことが「運用」だと思っていました。

しかも、運用部門には相当数のファンドマネジャーがいましたが、当時は今のように、明確な運用方針や体系化された投資プロセスがある訳ではなく、各人が独自の相場観で売買しているような状態でした。同じ部署で、Aさんが買ったのと同じ銘柄をBさんは売っている、というようなこともありました。また、私は運用部門に配属された時、3ヶ月ほど証券会社で研修を受けました。その研修先が短期売買を生業とする債券トレーディングの部署でしたが、違和感を覚えることなく、一所懸命モニターを眺めていたものです。

そのくらい当時は、まだ運用の概念が確立されていなかったのです。そして私はいきなり数百億円規模の資金の運用を任されました。マーケットの怖さを知ったのは、1990年8月に起ったイラクによるクウェート侵攻です。これが湾岸戦争の引き金を引くことになるのですが、その時、私は債券先物のショートポジション(売り持ち)を大量に抱えた状態で夏休みを楽しんでいました。

中東産油国で起こった紛争だったので、すぐに原油価格が暴騰しました。同時にインフレ懸念から長期金利が急上昇し、一時は10年国債利回りで8%近くに達しました。債券先物のショートポジションとは、長期金利が上昇するほど利益を生んでくれます。結果、私のポジションには莫大な含み益が生じました。

上司から電話が入り、「お前のポジション、物凄く儲かっているけど、どうする?」と聞かれたのですが、戦争はすぐに終結しないだろうし、原油価格も当面高止まりするだろうと考えていたので、売りポジションを買い戻しませんでした。
ところが、戦争は短期で決着がつくという見通しから相場の潮目が急に変わり、跳ね上がった長期金利が急低下。私のポジションは、それまでに生じていた莫大な含み益がすべて吹き飛ばされ、さらに損失まで抱えてしまったのです。この時は、さすがに胃が痛くなりました。