NISAを使うのは「普通の家計」
日本証券業協会が7月29日に公表した一連の資料(「個人投資家の証券投資に関する意識調査」(以下「意識調査」)、「新NISA白書2025」(以下「白書」)、「個人株主の動向について」)は、投資が富裕層の専有物ではなくなったことを示している。
2025年度末の個人株主数は1,677万人と過去最高を更新し、一人当たりの保有銘柄数も5.4銘柄に増えた。20歳以上40歳未満の個人株主数は前年度比16.7%増となったほか、40歳以上60歳未満も521万人に達し、初めて60歳以上80歳未満を上回った。投資の裾野は、若者から働き盛りやシニア層へと広がっている。
新NISA利用者の所得分布は、さらに分かりやすい。25年に新NISAで商品を購入した7,926人のうち、年収300万円未満が39.3%、300万円以上500万円未満が26.5%で、年収500万円未満が65.8%を占めた。平均年収は467.7万円。NISAの中心にいるのは、巨額の余裕資金を持つ一部の資産家ではなく、給与や年金、預貯金から少しずつ将来に備える一般の個人である。
最近、「NISA貧乏」という言葉が話題となった。日証協調査は「NISAでの投資のために生活費を削ったか?」と直接尋ねていないため、その実情を正確に把握することはできない。ただ、購入資金は預金45.9%、給与所得44.2%が中心で、つみたて投資枠の平均購入額は年45.5万円だった。積立額を減らした人では、「生活資金等を差し引いた余剰資金の変動」が理由の30.4%を占める。多くの利用者は満額投資を競うのではなく、家計の余力に合わせて投資額を調整しているとみる方が実態に近いものと思われる。
口座開設の先に残る「動かない2割」
一方、制度の普及を口座数だけで評価することもできない。「白書」が引用する2024年の全国調査では、NISA非稼働口座は口座開設者の21.4%を占めた。およそ5人に1人が、口座を開いた後の買付けに至っていない。
「意識調査」でも、新NISA口座を開設した人(4,171人)のうち、購入に至らなかった人は1,481人(35.5%)いた。その主な理由は、「日常の支出が多く投資に回す余裕がない」24.4%、「一般口座・特定口座を利用している」20.7%、「購入したい商品がなかった」20.1%である。
ここには、3つの壁――資金を用意できない壁、既存口座との使い分けの壁、商品を選べない壁――がある。
「白書」の分析によると、NISA制度を理解している層に限れば、利用者と非稼働口座保有者の金融リテラシー水準には大差がない。また、非稼働者には、病気や失業への備えを優先する人も多い。「白書」が指摘するように、価格が変動するリスク性金融商品による運用ではなく、預貯金等の安全資産で備えを確保しようとすることには一定の合理性がある。
したがって、次の政策は「もっと勉強して投資を始めよう」と呼びかけるだけでは足りない。動けない要因を制度側から減らす必要がある。
以下、現状の課題を乗り越えるための選択肢として、やや先を見据えた大胆な施策を提案したい。
(1)出生時から投資機会を配る
例えば、資金を用意できないという壁には、本人や家庭が最初の元手をすべて用意する前提を改めることが考えられる。
米国のトランプ口座は、2025年から2028年に生まれた一定の子どもに政府が1,000ドルを拠出し、原則として18歳になるまで引き出せない仕組みだ。日本でも、出生時にマイナンバーと連動した「国民成長口座」を自動開設し、国が同額の初期資金を拠出してはどうか。
運用先は低コストの分散型商品に限定する。富裕層の新たな節税口座にしないため、家庭からの追加拠出には上限を設け、低所得世帯やひとり親世帯への公的拠出を厚くする。親の所得や金融知識にかかわらず、資産形成の出発点だけは社会が用意するという構想である。
(2)就職時には自動加入、商品選択には標準解を
「商品を選べない」という壁には、商品数を増やすより、行動経済学のナッジ理論を応用して、何もしなくても不合理な結果になりにくい仕組みを取り入れることが有効であろう。
英国の職域年金では、対象従業員を自動加入させる一方、本人には脱退や拠出減額の道を残している。脱退者も原則3年ごとに再加入の対象となる。
日本でも企業型DCなどを原則自動加入とし、初期設定商品を低コストの分散型商品やターゲット・デート型商品とする。また、中小企業には共同型の低コスト基盤と導入支援を用意するというのはどうか。
ただし、加入を事実上の強制にしてはならない。生活が苦しい時には減額・休止・脱退を選べる設計とし、所得の低い従業員には所得控除ではなく、口座への直接拠出を優先する。税率の高い人ほど得をする仕組みではなく、支援を必要とする人ほど公的支援が厚くなる制度が望ましい。
(3)既存口座との分断をなくす
非稼働理由の20.7%は、既に一般口座や特定口座を利用していることだった。この層には、新たな商品勧誘ではなく、口座間の役割を整理する支援を行うことが必要であろう。
課税口座の商品を売却してNISAへ移すことを急がせず、今後の積立先だけをNISAに変更する方法を示す。複数口座を含む資産全体を一覧できる機能や金融機関変更手続の簡素化も求められる。口座を増やすことより、既に始まっている資産形成を口座の違いによって分断しないことが先である。
(4)余裕資金の不足には、所得連動型の支援を
現行NISAの運用益非課税は、投資元本が大きいほど恩恵も大きくなりやすい。富裕層優遇との批判を避けるには、非課税枠の拡大より、低・中所得者への直接支援を重視すべきである。
例えば、一定所得以下の人が年10万円まで積み立てた場合、国が10~30%を上乗せし、所得が高くなるほど支援率を逓減させる。緊急予備資金が少ない人には、まず預貯金形成を支援し、その後にNISAマッチングへ移る二段階方式も考えられる。
これは、投資していない人を動かす施策ではない。投資したくても、日常の支出によって余力を持てない人の壁を低くする施策である。
(5)高齢者には、上限付きの相続NISAを
高齢者の投資意欲を高めるには、NISAを自分の老後資金だけでなく、次世代へ成長資産を引き継ぐ口座として位置付ける方法もある。
一定期間保有したNISA資産について、例えば500万円まで相続税を軽減し、相続財産が大きいほど控除額を逓減させる。承継後の継続保有を条件にすれば、短期的な節税利用も抑えられる。
無制限の非課税化では富裕層に恩恵が集中しかねない。一般家庭が積み上げた数百万円の資産形成を、世代交代によって途切れさせない制度に絞ることが重要だ。
初期費用は「将来の自立」への投資
こうした出生時拠出、DC導入助成、所得連動型マッチング、相続税軽減には、財源と制度設計の工夫が要る。当初はコストが先行するが、家計の金融資産が増えれば、将来の公的扶助への依存を抑える可能性がある。投資資金が企業の成長へ還流する効果も期待できる。
ここで肝要なのは、これらの施策がDC制度やNISA制度を過度に複雑化させ、金融機関や利用者の管理負担を高める懸念への対策である。政策の実効性を高めるには、以下の視点が不可欠だ。
第一に、既存制度の活用とデジタル化による簡素化である。新たな口座を乱立させるのではなく、DCの自動加入化や既存の税額控除の枠組みを修正することで、窓口を一元化すべきだ。また、複数の口座を横断的に可視化するダッシュボードのAPI連携を推進し、利用者が意識せずとも最適な行動をとれるデジタル環境を整えることで、制度の複雑さをユーザー体験から排除する。
第二に、社会的投資としての検証とサンセット(一定期間や条件を過ぎると自動的に失効・終了させる)条項の導入である。費用以上の成果が生まれるか、所得階層別の参加率や積立継続率を5年単位で厳格に検証し、効果の乏しい支援は廃止・統合する。政策を固定化せず、常に洗練させる仕組みが欠かせない。
政府の金融戦略は、家計が経済成長の成果を享受できる資産形成の促進を掲げた。金融事業者に求められるのは、非稼働口座を「まだ商品を売れていない顧客」とみなすことではなく、資金、商品選択、口座管理のどこで顧客が止まっているかを把握し、その段差を低くすることである。投資は富裕層のためにあるのでも、今の生活を削って行うものでもない。生活を守る預貯金と並行して、将来の選択肢を少しずつ増やす営みである。
口座数を増やした次に目指すべきは、買付けを急がせることではない。誰もが無理なく参加し、必要な時には休みながら、長く資産形成を続けられる。そのために、制度は可能な限りシンプルに保たれなければならない。

