6月30日、政府は「骨太の方針」および「日本成長戦略」
骨太の方針は、経済財政運営の大きな方向を示す政府全体の基本方針であり、その中で「強い経済の実現に向けた戦略的投資・分野横断的な取組」として、日本成長戦略の推進が掲げられている。
こうした中、日本成長戦略は、その方向性を具体化し、重点分野、投資促進策、金融市場改革、家計の資産形成促進策などを整理した実行面の政策パッケージといえる。具体的には、AI・半導体、デジタル、防衛、GX、創薬・先端医療など17の戦略分野を掲げたうえで、それらを主要な製品・技術等に落とし込み、2040年度までに官民で大規模な国内投資を見込んでいる。
その中で、政府は、家計の資産形成を、これまでより広い政策体系の中に位置付けている。
入口整備から資金循環の設計へ
過去の施策との違いは、政策の重心が「投資の入口整備」から「成長資金の循環設計」へ広がっていることにある。新NISAは、家計が長期・積立・分散投資を始めやすくする制度改革であった。資産運用立国実現プランは、運用会社、アセットオーナー、販売会社、企業統治改革を含むインベストメントチェーン全体に視野を広げた。今回の成長戦略は、そこに国内投資と産業競争力強化という軸を通し、家計の資金が企業価値の向上、賃上げ、配当、資産所得を通じて再び家計に戻る道筋を描こうとしている。
金融面の施策も具体化している。
17分野への投融資に関する官民の意見交換組織の設置、日本政策投資銀行、産業革新投資機構などによる投融資方針の整理が進められる。
大型M&Aなどに対応するための大口信用供与等規制の見直し、銀行子会社による出資規制の合理化、銀証ファイアーウォール規制の検討も含まれている。
社債市場については、小口・低格付社債の発行環境整備、ローン・セカンダリー市場の活性化、プライベートデットファンドの参入環境整備が掲げられている。
スタートアップ向けには、上場ベンチャーファンド市場の要件緩和、NISAを含む個人資金の流入拡大、M&Aやセカンダリー取引の活性化が課題となる。
家計向け施策の広がりと金利ある世界
家計向けの施策も、従来より幅が広い。
NISAについては、制度の普及・定着に加え、利便性向上や対象商品の分かりやすい情報提供が求められる。
企業型DC・iDeCoについては、加入者目線に立った制度改善、拠出限度額や受給時の扱いに関する分かりやすい広報、運用商品の選択を支える情報提供が重要になる。
個人向け国債についても、商品性の見直しや新商品の設計を含む環境整備が挙げられている。
金融経済教育では、次期学習指導要領を見据えた記載の充実や、各世代・地域に応じた実践的な学びが求められている。
ここで重要なのは、株式投資だけが前面に出ているわけではない点である。債券、DC、iDeCo、NISA、年金、預貯金を含めた家計全体の設計に視野が広がっている。とりわけ金利ある世界への移行期において、個人向け国債、社債、債券ファンドは、家計が価格変動リスクを抑えながら市場に参加する選択肢となる。株式投資に心理的抵抗を持つ層にとっても、債務証券を活用した資産形成は、現預金から一足飛びに株式へ移るのではない、現実的なステップになり得る。
40%KPIをどう受け止めるか
今回、特に注目されるのが、「2040年までに家計金融資産に占める株式・投資信託・債務証券の割合を40%とする」というKPIだろう。欧米に比べ、足元で有価証券比率が20%程度と低く、現預金に偏っている日本の家計構造を考えれば、これは相当に意欲的な目標といえる。
もっとも、この数字を販売現場のノルマとして扱うべきではない。重要なのは、家計が生活資金や緊急時の流動性を確保しながら、長期の資産形成にふさわしい形で、株式、投資信託、債券を組み合わせることである。40%という数字は、投資額を無理に積み上げる目標ではなく、家計の資産配分が徐々に厚みを増した結果として達成されるべき指標であろう。
金融機関にとっても、このKPIは販売目標ではなく、顧客基盤の質を高めるための政策的な目安と受け止めるべきだ。口座数や買付額といったフローだけでなく、顧客が長期に保有できているか、過度な集中投資になっていないか、市場変動時に不必要な売却を招いていないかを見る必要がある。資産形成の進展を測る指標は、単なる残高ではなく、顧客が納得して保有を続けられる状態にあるかどうかである。
政策テーマと投資成果を混同しない
一方で、17の戦略分野が掲げられたからといって、それをそのままテーマ型投信の商品企画や販売話法に直結させることには慎重でなければならない。過去には、社会的関心が高まったテーマを冠した投資信託が相次いで設定され、結果として「設定時が価格のピークだった」と振り返られる例も少なくなかった。
テーマが魅力的であっても、投資対象が割高であれば将来のリターンは限られる。技術が有望でも、収益化までの時間軸が長ければ、株価が先に期待を織り込み過ぎることもある。政策支援があるからといって、すべての企業が勝者になるわけでもない。政府が示す戦略分野は、日本経済が注力する方向を知る手掛かりであり、投資対象を単純に指定した買い推奨リストではない。
金融機関が留意すべきことは明確である。政策テーマと投資成果を混同しないこと。テーマの将来性だけでなく、バリュエーション、収益化の時期、競争環境、流動性、為替感応度、信託報酬を検証すること。単一テーマへの集中ではなく、顧客の資産全体の中でどの程度の比率にとどめるべきかを示すこと。販売後も、資金流入が過熱していないか、運用資産が大きくなり過ぎて機動性を失っていないか、当初の投資仮説が崩れていないかを点検することが欠かせない。
顧客側にも確認すべき視点がある。名称の分かりやすさだけで選ばない。政府が掲げる分野だから安全だと考えない。短期の値上がりを狙うのか、長期の成長に参加するのかを区別する。テーマ型商品を否定する必要はないが、資産形成の中核に据えるのか、一部にとどめるのかを冷静に判断する必要がある。日本成長戦略を投資に生かすとは、流行のテーマを追うことではなく、産業構造の変化を踏まえながら、資産配分を丁寧に考えることであろう。
海外資産と国内資産のバランス
オルカンやS&P500など海外資産への投資は、今後も有力な選択肢である。世界経済の成長を取り込み、地域分散を図る意味は大きい。長期分散投資の中核として海外資産を活用することは、多くの家計にとって合理的である。
ただ、家計の投資が過度に外貨建て資産へ傾けば、資産全体が為替変動の影響を受けやすくなる。円安局面では評価益が膨らむ一方、円高局面では資産額が目減りする。国内資産への関心が高まることは、円建て資産の厚みを増し、一方向の海外資産偏重を和らげる意味で有益である。家計にとっては、為替リスクの偏りを抑え、地域分散と通貨分散の両面でバランスを取りやすくなる。
また、国内資産への投資関心が高まることは、マクロ面でも一定の意味を持つ。家計資金が過度に海外へ向かう流れが和らげば、円建て資産市場の厚みが増す。これが直ちに為替相場を左右するわけではないが、長い目で見れば、一方向の外貨資産偏重を緩和し、家計の資産形成をより安定したものにする可能性がある。
金融機関に問われる役割
金融機関に求められる役割も転換期を迎えている。NISA口座の開設数や投信販売額は重要な指標であるが、それだけでは十分ではない。これからは、国内株式、海外株式、債券、預貯金、DC、iDeCo、退職金、さらには住宅ローンまで含め、家計のバランスシート全体を見える化し、顧客に合った資産配分を支援する役割が求められる。
成長戦略に関連する商品を扱う場合にも、政策テーマの紹介にとどめず、リスク、費用、投資期間、資産全体に占める位置付けを説明する必要がある。市場が過熱している時には、期待だけでなくリスク情報を示す。市場が冷え込んだ時には、長期の視点を取り戻せる材料を示す。こうした地味で誠実な対応こそが、家計が資産を持ち続けるための支えになる。
政府が掲げる成長戦略は、家計の資産形成にとって追い風となり得る。ただし、その風をどう受けるかは、金融機関と投資家の姿勢にかかっている。17の戦略分野を短期の販売材料として消費するのではなく、家計の長期的な資産配分を考える材料として活かす。その積み重ねの先にこそ、40%というKPIの真の達成があるのだろう。

