資産形成や資産運用について語るとき、私たちはつい「どう増やすか」「どう守るか」に目を向けがちである。新NISA、iDeCo、企業型DC、分散投資、債券投資。いずれも、長い人生を支える大切な道具である。
しかし、人生には必ず出口がある。その後に残されるのは、預金や保険だけではない。借入金、税金、公共料金、葬儀、不動産、親族関係――それらを確認し、整理し、判断するのは、残された者である。
近年、終活の重要性は広く知られるようになった。エンディングノートを用意したり、葬儀や墓について家族と話し合ったりする人も増えている。
筆者も年齢を重ねるにつれ、朝刊に挟み込まれる墓地や葬儀場のチラシが、以前よりも目に留まるようになった。かつては他人ごとと感じていた終活を、いつの間にか自分ごととして受け止めるようになってきた。
終活は、資産取り崩しの一部である
終活という言葉には、どこか暗い響きがある。元気なうちから死後のことを考えるのは、縁起でもないと感じる人もいるだろう。
しかし終活とは、人生を閉じる準備ではない。残された人に「探させない、迷わせない、悩ませすぎない」ための準備である。
どの金融機関に取引口座があるのか。証券口座や保険契約はあるのか。借入金は残っていないか。誰かの保証人になっていないか。不動産は誰の名義か。年金や企業年金はどうなっているのか。通信契約やクレジットカードは何があるのか。墓や仏壇は、将来どうしてほしいのか。
これらを生前に整理しておくことは、財産を誇示することでも、家族を縛ることでもない。残された人に、余計な不安と時間を背負わせないための配慮である。財産を多く残すことだけが愛情ではない。どこに何があり、何をすればよいかが分かるようにしておくこと。それもまた、残された者への真の愛情であろう。
資産形成は、積み立てて増やす段階だけで終わらない。一定の年齢になれば、誰もが資産を取り崩す局面に入る。生活費を補う。医療や介護に備える。住まいを直す。家族を支援する。旅行や趣味に使う。資産は、最後まで残高を競うものではなく、自分らしく生きるために使うものである。
そして、資産を取り崩す過程では、終活が避けて通れない。何歳まで働くのか。どこで暮らしたいのか。介護が必要になったら誰に何を頼むのか。自宅を残すのか、売却するのか。墓を守るのか、墓じまいをするのか。子や孫に何を託し、何を託さないのか。
こうした問いは、死を考える問いではない。むしろ、これからどのような人生を送りたいかを考える問いである。人生の終盤に大切にしたいものが見えれば、そのために必要な資産運用や取り崩し方も見えてくる。老後資金を増やすことと、老後を納得して生きることは決して同じではなく、「増やす」は「納得して生きる」の手段に過ぎない。
死亡後にまず必要になるのは現金
死亡後の金銭面で、最初に意識すべきなのは現金である。
人が亡くなると、すぐに支払いが発生する。葬儀費用、火葬費用、病院や施設への支払い、未払いの公共料金、固定資産税、家財整理費用、墓や仏壇に関する費用。遠方の親族が関われば、交通費や宿泊費もかかる。
一方で、故人名義の預金口座は、金融機関が死亡の事実を把握すると、相続手続きが終わるまで自由に動かせなくなる。当面の資金需要に対応する制度はあるが、書類や手続きが必要で、すぐ使えるとは限らない。残された人が立て替える場面も出てくる。
だからこそ、高齢期の資産管理では、本人の生活費だけでなく、死亡直後に必要となる資金も考えておきたい。葬儀をどの程度の規模にするのか。僧侶を呼ぶのか。戒名や納骨はどうするのか。墓じまいや永代供養を考えるのか。本人の希望とおおよその予算感が分かっているだけで、遺族の迷いは大きく減る。
「その時に考えればよい」と思っていても、その時の遺族は冷静ではない。比較する力も、断る力も弱くなっている。だからこそ、元気なうちに話しておく意味がある。
負債、不動産、税務の全体像を早期に把握
相続で見落としてはならないのが、負債である。相続は、預金や不動産などのプラスの財産だけを引き継ぐ制度ではない。借入金、未払い金、保証債務も遺族の肩に重くのしかかることがある。
住宅ローン、カードローン、クレジットカード、消費者金融、税金、医療費、保証人関係。亡くなった後は、郵便物、通帳の履歴、契約書、督促状、信用情報、金融機関からの連絡などを頼りに確認していくことになる。負債の全体像が見えないまま安易に動くと、後で大きな負担を背負う可能性がある。
不動産も同じである。不動産は財産である一方、すぐに現金化できるとは限らない。空き家になれば、固定資産税、火災保険、草刈り、修繕、家財整理、解体費用などが発生する。売却するにしても、相続登記、権利関係、境界、建物の状態、仲介手数料、譲渡所得税などを確認しなければならない。帳簿上は資産でも、管理する人がいなければ、暮らしの重荷になり得る。
年金、保険、税務も期限と手続きが重なる。未支給年金や遺族年金、生命保険金、団体信用生命保険、準確定申告、相続税申告、不動産売却時の税務。制度を知っている人から見れば個別の手続きでも、遺族にとってはすべてが同時に押し寄せる。必要なのは、細かな制度解説の前に、まず全体の順番を示すことである。
デジタル時代における相続の“見えにくさ”
もうひとつ、これから重みを増すのがデジタル遺産の問題である。
かつては、通帳、証書、郵便物を見れば、ある程度の手がかりを得ることができた。しかし今は、ネット銀行、ネット証券、キャッシュレス決済、電子マネー、ポイント、暗号資産、サブスクリプションなど、生活の多くがスマートフォンやメールの中にある。郵送物が少ないため、遺族が口座や契約の存在に気づけないこともある。
故人のスマートフォンのロックが開かない。メールが確認できない。どの金融機関を使っていたのか分からない。こうした事態は、今後ますます増えるだろう。便利さの裏側で、資産や契約の所在が家族から見えにくくなっている。
だからこそ、ネット金融機関には大きな役割がある。相続手続きの進捗をデジタルで見える化することに加え、遺族が故人の口座の有無を確認しやすい仕組み、必要書類を分かりやすく案内する仕組み、専門家につなぐ仕組みが求められる。デジタル化は、利用者本人の利便性だけでなく、残された人の安心にも向かわなければならない。
行政と金融機関は「一枚の地図」を
行政には、死後手続きの「一枚の地図」を整えてほしい。
死亡届を起点に、年金、健康保険、税、自動車などの固定資産、不動産登記、戸籍、相続放棄、公共料金など、必要な手続きを一覧できる仕組みである。窓口ごとに遺族が同じ説明を繰り返すのではなく、行政側が手続きの順番と期限を示すべきだ。
金融機関の役割も、資産を増やす伴走者で終わってはならない。貯められた資産をどう使い、どう守り、そして次の世代へどうつなぐか。預金、証券、保険、ローン、不動産関連の情報は、死後の金銭手続きの中心にある。金融機関が法律や税務の判断を代行することはできないが、相続手続きの流れ、必要書類、注意すべき期限、専門家につなぐべき場面を示すことはできる。
資産形成、資産運用、資産取り崩し、相続。この流れを切れ目なく支えることが、真の顧客本位の業務運営の一つの到達点であろう。
小さな手すりを残すこと
人は最後に何を残すのだろうか。預金、不動産、保険、証券、墓。もちろん、それらは大切である。
しかし、残された者の立場から見れば、財産そのもの以上にありがたいのは、「困らないようにしてくれていた」という安心である。どこに何があるかが分かる。誰に相談すればよいかが分かる。借入金や保証の有無が分かる。葬儀や墓について本人の希望が分かる。それだけで、残された人は大きく救われる。
終活とは、人生の出口に小さな手すりを用意しておくことだと思う。その手すりがあれば、残された人は、悲しみの中でも少しだけ前に進める。人は最後、ひとりで旅立つのかもしれない。だが、残された人まで、書類と不安の中でひとりにしてはならない。
