三菱UFJモルガン・スタンレー証券(以下、MUMSS)が電撃的な役員人事を発表したのは2020年のこと。米国系運用会社、ブラックロックの幹部だった浜田直之氏の副社長就任である。以後、浜田氏の主導で本格的に走り出したのがウェルスマネジメント分野にフォーカスしたモデル改革である。
ところで、ウェルスマネジメントに限らず証券ビジネスは価格変動の世界である。すべてが可変係数で成立している。従って、単純な経営指標を切り出して、証券各社の実力を比較することには危うさがある。単純比較には必ずと言ってよいほど落とし穴が隠れている。
戦略的にもそうだ。挑戦的な経営者が自らの「オンリー・ワン」領域を追求するのも単純な規模の比較といった競争に意味を見出せないからにちがいない。MUMSSはその一社にみえる。改革路線を主導する浜田氏がしばしば口にする言葉は「カテゴリー・オブ・ワン」である。
浜田氏が語るカテゴリーとはウェルスマネジメントの領域だ。ただし、MUMSSの場合、単なる富裕層ビジネスではない。より複合的な発想での態勢になっているからだ。富裕層や法人には「ウェルス&ミドルマーケット」という対面チャネルの態勢を組んでいるが、それ以外の顧客層、例えば、準富裕層向けには非対面チャネルの「MUFGテラス」を設けて、リモートでアドバイザーがライフプラン等の説明を提供している。
「カテゴリー・オブ・ワン」を追求する浜田氏の改革は7年目を迎えた。現在、「(改革の)手応えは非常に感じている」と語るものの、現状に満足しているわけではない。現に、この先も新たな布石を打つ準備を整えている。ここでは、対面スタイルである「ウェルス&ミドルマーケット」の今を追ってみたい。
託された「ポスト・ノルマ」戦略
最初の一手は社員のマインドセット
代表取締役 副社長執行役員 浜田 直之氏
浜田氏が副社長に就任したのは2020年4月である。当時の荒木三郎社長はすでに伝統的な営業ノルマ主義を撤廃していた。浜田氏が託されたのは「ポスト・ノルマ」の具体的な戦略だった。しかし、これは言うは易く、行うは難し、である。実際、同社と相前後してノルマ撤廃に動いた他社の中には、新たなモデルの導入に相当に苦しんだ向きは少なくないし、挫折した向きもないわけではない。
そこで、浜田氏がまず動いたのは社員たちのマインドセットだった。全店を自らの足で回ってタウンホールミーティングを繰り返した。自らの考え方を説いて回り、社員たちと忌憚ない議論を重ねる。すでに4月の就任時の所信表明で「変化を集中させる」と宣言し、後述する施策を同時進行的に打ち出していただけに、タウンホールミーティングの場では社員たちから本音ベースの質問が数多く寄せられた。一例を挙げれば、こんな質問である。
「ボーナスは収益から支払われるのに、収益目標を撤廃して本当に大丈夫なのでしょうか」
こうしたやり取りがあったことは意味深い。大きな改革の成功には社員層がその意味を腹落ちするまで理解する必要があるからだ。この点、社内的に過去からのしがらみのない浜田氏の起用と、「鉄は熱いうちに打て」といわんばかりのスピード重視のMUMSS改革は腹落ちにつながるような本音の議論を呼び起こし、これらに対して「ノルマで縛り、厳しく管理する手法では安定的な収益モデルは構築できない」と説いた浜田氏の姿勢は奏功したと思える。
対面チャネルの領域で浜田氏が着手したのはビジネスの骨幹部分と言える仕組みの抜本的な見直しだった。「三位一体改革」と呼ぶ「評価」「処遇」「店舗チャネル」の刷新である。
この改革については、「フィナシープロ」でも過去に紹介したことがある。ここでは象徴的な部分だけを取り上げてみたい。ノルマ主義の下での評価体系は販売額、手数料収入等々の営業目標係数との相対比較であり、それも3カ月や6カ月という営業期間の実績評価だった。MUMSS改革ではそのような短期的な視点ではなく、長期的な価値をはめ込んだ。顧客満足度もそのひとつだが、それ以上に重要視している指標が顧客の信頼度を測るNPS(ネット・プロモーター・スコア)である。
顧客が担当者である同社の社員を知人や家族など近親者に紹介・推薦できるかどうかを集計化する手法がNPSだ。「強く推薦できる」「推薦できる」「中立」等の選択肢に、それぞれ配点を設けて、配点の合計値でネットスコアを算出する。調査は中立性を担保するためにも外部の調査会社を活用し、かつ、調査は担当者ごとに、対象を1年以内に同社との取引がある顧客に絞り込んで実施している。
処遇面でも一点だけ触れておきたい。社員が自らキャリアを選べる制度の導入である。わが国の場合、昇格と昇給が結びついて、そこに別のセクションへの異動も加わるという人事制度が伝統的に踏襲されてきた。いわゆる、ゼネラリストとしての勤労者人生の道が整備されたわけである。証券業界もほぼ同様の人事制度が連綿と続けられてきた歴史がある。
Z世代にマッチした専門職への道
目指す道筋を示した4つのステップ
同社が新たな選択肢として導入した「専門職」及び「証券Ex〈総合職(長期担当)〉」制度は、ゼネラリスト志向ではなく、スペシャリストを志向する社員に開かれた人事の道である。異動をしない代わりに成果を上げれば相応の報酬を得ることができる。
企業社会で現在、過半を占め始めているのが1990年代から2000年代序盤、さらにその後に生まれた世代である。彼らは独特の思考、行動様式を持つ「Z世代」と称され、職域でも専門職志向の強さが指摘されている。長期担当総合職は、その特徴にマッチした制度であり、実際、当社では導入以後、若手社員が想定以上にこの制度を選択している。
とはいえ、いかなるルートであろうと、その道筋が示されていないと歩む者はまごつくにちがいない。ましてや、企業はその道筋に価値観を埋め込まなければならない。そこで、MUMSS改革で描き出されたのがウェルスマネジメントのアドバイザーたちが目指すべきスペシャリストへの4つのステップだった。
具体的には、ステップゼロ(0)は「利益相反の排除と顧客目線を徹底」したブローカーであり、その次のステップ(1)は「資産運用の効率性向上」を実現するインベストメント・マネジャー、さらに次のステップ(2)は資産・事業承継、資金調達等々の非運用サービスを提供するウェルス・マネジャー。最後のステップ(3)になると、ファミリーガバナンス、ライフスタイル・アドバイザリーなど非金融サービス、ファミリーソリューションを提供するファミリー・ウェルス・マネジャーとなる。
浜田氏はこの仕組みに関して次のように説明する。
「評価制度もこのステップの考え方に基づいて設計しています。言うまでもなく、収益目標は設けていませんが、預かり資産はお客さまからの信頼度を測るバロメーターとして一つの評価尺度となっています。それ以外にも、運用以外の分野で銀行、信託とどのように連携し、お客さまのお手伝いができたかも評価対象ですし、もちろんNPSもそうです。メイン化率も評価に組み込んでいます」
相当に細かく、精緻な評価体系である。細かすぎるのではないかという問いに対して、浜田氏の回答は明快だった。
「この評価制度は、お客さまとの関係を強化するために何が必要かという視点から編み出したもの。社員による点数稼ぎを目的としたものではありません」
顧客との関係強化、顧客からの信頼獲得を目指すうえでは曖昧なものは作らないという強い意志が伝わってくる。
