① 「その他有価証券」の売買目的認定問題
金利のある世界が戻りつつあるなか、とりわけボラティリティが上昇してくると、リスク管理的には難しい局面ではあるが、それと同時に収益を得る絶好の機会でもある。
ただ、こうした投資環境下で機関投資家にとって問題となり得るのが「その他有価証券の売買頻度」だ。後述する理由によって、多くの場合、機関投資家が資金運用の一環として保有している有価証券(国債、地方債、社債、株式、ファンドなど)の大部分は保有目的区分が「その他有価証券」に設定されているのだが、有価証券の売買を頻繁に繰り返していた場合、実務上の問題となり得るのがクロス取引や売買目的有価証券との関係である。クロス取引については以前の『「5営業日以内にうっかり売買しちゃった」場合も慌てないで!』でも紹介したため、その要件の詳細については割愛する。その一方、本稿で詳しく取り上げておきたいのが「売買目的認定問題」だ。
企業会計基準委員会(ASBJ)が公表する『移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針』(本稿では以下「実務指針」と称する)第65項によれば、「有価証券の売買を頻繁に繰り返している場合には、当該有価証券は売買目的有価証券に該当する」とする規定が設けられていて、うっかり「その他有価証券」を頻繁に売買してしまった場合には、保有目的区分上の適格性に問題を生じさせる可能性があるのである。
本稿では、「保有目的区分との関係」という制約下で、できるだけ機動的で自由度の高い売買戦略を実現させるための留意点を考察してみたい。
② なぜ「その他有価証券」が多いのか
議論の前提として、「保有目的区分」について振り返っておこう。とりわけ重要な論点が、「なぜ機関投資家は多くの場合、有価証券の保有目的区分を『その他有価証券』に設定しているのか」というものである。
金融商品会計基準や日本公認会計士協会『業種別監査委員会報告』では、有価証券にはいくつかの保有目的区分が設けられており、これらの保有目的区分の定義ないし特徴と会計処理の方法の概要については図表1にまとめたとおりだ。
図表1 有価証券の保有目的区分
これらのうち機関投資家の有価証券会計を議論するうえで重要な区分は、売買目的有価証券、満期保有目的の債券、その他有価証券の3つだ。保有目的区分としては、ほかにも「子会社・関連会社株式」と「責任準備金対応債券」という区分が存在しているが、前者は資金運用の世界ではほとんど関連性がなく、後者は保険業にのみ認められている特殊な保有目的区分であるため、本稿では、詳細な記述は割愛する(なお、責任準備金対応債券については3月23日付の『責任準備金対応債券の指針改正案と減損処理の関係を巡る誤解』でも触れている)。
③ 売買目的の使い勝手
さて、この3つの保有目的区分については、基本的に投資家の資金運用方針において決定されるべきものであるが、先ほど「機関投資家が資金運用として保有している有価証券の大部分は保有目的区分がその他有価証券に設定されている」と述べた理由は、ほかの2つの保有目的区分の使い勝手に問題があるからだと考えられる。
まず、売買目的有価証券は「時価の変動により利益を得ることを目的として保有する有価証券」と定義され、典型的にはトレーディング目的の有価証券のように「同一銘柄に対して相当程度の反復的な購入と売却が行われる」有価証券がこれに適合する。なお、その他有価証券などに適用される例の「クロス取引」に関する規定も、売買目的有価証券には適用されない。よって、売買目的有価証券の場合だと売買頻度やインターバル自体は問題とならず、機動的で自由な売買が可能だ。これに加えて、例えば有価証券のポートフォリオ全体に対しデリバティブでヘッジを掛ける場合は、ヘッジ会計を適用しなくても事実上の包括時価ヘッジのような会計処理上の効果を得ることができる、といった利点もある。
ただ、現実問題、銀行等金融機関が国債などの有価証券を売買目的で保有するケースは、個人向け国債のはね返り玉、金銭の信託を通じて有価証券を保有している場合などの例外を除けば、さほど多くない。
考えられるその最大の要因は、会計処理だ。売買目的有価証券は全面時価評価のうえ、評価差額を毎期の損益として処理しなければならない(なお、本稿では詳細は割愛するが、銀行等金融機関の場合はこれに加え、いわゆるトレーディング勘定の額が一定水準を超過した場合、自己資本比率規制上は別途「マーケット・リスク相当額」の算出を求められるという問題もある)。
すなわち、銀行等金融機関にとっては、売買目的有価証券の区分は運用の自由度が極めて高い反面、時価評価と損益処理がネックとなるため、有価証券ポートの大部分を売買目的で保有するというのは非現実的なのである。
なお、売買目的有価証券の特徴(使い勝手など)については図表2でまとめている。
図表2 売買目的有価証券の特徴
④ 満期保有目的の使い勝手
上記の売買目的有価証券に対し、ときどき引き合いに出されるのが満期保有目的の債券だ。
とりわけ満期保有目的の債券は時価会計・時価評価の対象外であり、債券の時価変動が貸借対照表にも損益計算書にも出てこないため、昨今のような高ボラティリティ環境下では、たとえば「時価会計を回避するために満期保有の区分を活用する」といった点から注目が集まることもある。
しかし、現実問題としては、満期保有目的の債券は単純な時価会計逃れで活用することが難しい区分でもある。そもそも満期保有目的の区分が適用できるのは債券や償還株式など「満期がある有価証券」に限られるのに加え、満期保有目的以外の保有目的区分で取得した有価証券を途中で満期保有目的の区分に振り替える処理が認められない、といった制約もあるからだ。さらに問題となるのが「テインティング規定」と呼ばれる一種のペナルティで、これは満期保有目的の債券を正当な理由なく一部でも売却・区分変更した場合、満期保有目的に区分された残りすべての債券の保有目的区分を変更することが要求されるのに加え、その事業年度を含む2事業年度において、取得した債券を満期保有目的に区分することができない―――という厳しい規定だ。このため、「含み損を抱えた債券を満期保有目的の債券の区分に振り替え、少しずつ売却する」、といった処理は(少なくとも現在の日本の会計基準では)不可能である。
なお、満期保有目的の債券の特徴(使い勝手など)については図表3でまとめている。
図表3 満期保有目的の債券の特徴
⑤ その他有価証券には定義がない
以上の2つの保有目的区分に対し、資金運用という観点から使い勝手が良いのがその他有価証券だ。しかし、会計基準上は「売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社株式及び関連会社株式以外の有価証券」とされ、基準自体に明確な定義が設けられていない。逆にいえば、売買目的有価証券にも満期保有目的の債券にも指定されなかった有価証券が、自動的にその他有価証券となっているという方が実態に近い。じっさい、機関投資家は「積極的にその他有価証券の保有目的区分を使っている」というよりは、「売買目的有価証券も満期保有目的の債券も使い勝手が今ひとつであり、結果的に機関投資家の有価証券ポートの大部分がその他有価証券となっている」のではないだろうか。
その他有価証券の特徴をまとめたものが、図表4だ。
図表4 その他有価証券の特徴
なお、金銭の信託のなかで有価証券を保有する場合などは、「その他有価証券」に区分するために積極的な証拠が求められる場合があるが、これについては別途、どこかで議論したい。
⑥ 「頻繁な売買」に具体的な基準は設けられていないが…
いずれにせよ、その他有価証券にはそもそもの定義が存在しないことに加え、冒頭でも指摘した実務指針第65項の「有価証券の売買を頻繁に繰り返している場合には、当該有価証券は売買目的有価証券に該当する」とする規定をあわせて考えると、「その他有価証券」であっても「頻繁な売買を行っている」と認定された場合は、売買目的有価証券への区分変更が求められるなどの懸念はある。実務指針第65項にいう「頻繁な売買」を行っていた事実が「客観的に認められる場合」には、実務指針第86項に基づいて、「その他有価証券から売買目的有価証券への区分変更」が求められることがある。
この点、実務指針上、この「頻繁な売買」に具体的な基準が設定されていない点には注意が必要だ。実際には監査人の裁量などが介在する可能性がかなり高いなど、この規定には問題が多いと考えている。
ただ、これは著者の考え方だが、一般に「頻繁な売買」のビジネスモデルは証券会社がトレーディング・ブックで保有する有価証券であり、通常の機関投資家が、(これといった合理的な理由もないのに)たとえば同一銘柄を同一の日に何度も恒常的に売買するなどの事情でもない限り、「頻繁な売買」に該当すると決めつけるのは若干乱暴である。
それでもどうしても「数値基準」を設けるならば、クロス取引にいう「5営業日」以上の期間をあけていれば、(確実ではないとはいえ)「頻繁な売買」とみなされるリスクは減らせる。クロス取引と売買目的有価証券の「頻繁な売買」の定義は同一ではないし、必ずしも5営業日以内の売買が「頻繁な売買」となるものでもないが、たとえば実務指針第42項では「売買目的有価証券については、同一銘柄のものも頻繁に売買取引を繰り返すので、結果として同一価格になることもあるが、これはクロス取引に当たらない」とする記述があることなどを踏まえると、実務上、売買目的有価証券にいう「頻繁な売買」はクロス取引ともある程度オーバーラップするものと考えて良いのではないだろうか。

