みさき透 唐突なかたちで高齢者向けにNISAで毎月分配型投信の解禁が打ち上げられたね。その名も「プラチナNISA」だ。
菊乃井 日証協などは以前から陳情していた。保有している投信から特別分配として投資元本が払い出されても、利用者を高齢者に限定すれば国民の資産形成を支援するという制度の趣旨に反しないと。
久我 NISAが恒久化されたので、制度に高齢者のニーズを取り込むことには意味がある。メディアや業界には「これは方針転換ではない。制度の進化だ」と説明が付く。
みさき 陳情する先がポイントだ。本来ならば制度を所管する金融庁だが、今回のケースは自民党の資産運用立国議員連盟だった。
興梠(こうろぎ) 金融庁は運用効率を低下させたり投資元本の払い出しにつながったりする分配型に批判的だった。彼らに陳情してもらちが明かないとみて自民党に働き掛け、プラチナNISAを取り上げてもらったわけだ。
みさき もっとも、メディアの内部事情で経済部の記者は「自民党は…」という記事を書きにくい。それは政治部の縄張りだ。じゃあ政治部の記者が書けばよさそうだが、彼らはNISAにも資産運用に関心がない。
菊乃井 それでプロガバもプラチナNISAも「金融庁は…」で始まる記事になり、読者は「金融庁は何がしたいのだ!」となるのか。
久我 そもそも、前政権下でNISAの恒久化や大幅拡充は当時の岸田首相の政治パワーのたまもの。その岸田氏がこの議連の会長を務めている。役人も業界もこのパワーを利用するだろうから当然、記者も取材するよね。
菊乃井 資産運用立国はぜひ進めてほしい話だが、政治がここまでこのテーマに関わるのはなぜだろう。
興梠 自民党に限らず永田町には様々な議連がある。中にはサークルに近い性格のものもあるが、この議連の実態は「岸田派の再結成だ」との見方が強い。安倍派の裏金問題で「派閥はイカン」となったが、衆参両院で300人以上も議員がいる自民党の内部がバラバラでは話がまとまらない。
菊乃井 しかし、単純に派閥を復活させては世論の批判を招く。そこで「資産運用立国」を旗印に政策集団として「ネオ宏池会」の誕生に至ったわけか。
みさき 議連に参加する議員の数は既に60人を超えている。リストは非公開だが、茂木派の会長の茂木敏充氏や政策通で知られる小野寺五典氏も参加している。
興梠 事務局などにも神田潤一氏、村井英樹氏、小森卓郎氏など日銀、財務省、金融庁の出身議員がズラリと並ぶ。金融庁では「与党内で最大級の政治勢力」(現役幹部)との声も聞かれる。「ネオ宏池会、恐るべし」だ。
久我 政治パワーの利用も善しあしだ。プラチナNISAがネットで報道された当日、自民党幹部が夏の参院選前に「補正予算を組まない」と発言している。選挙を目前にして政権浮揚策が全く見当たらない自民党がプラチナNISAを手っ取り早い選挙対策として利用している面は否めない。
菊乃井 このアイデアがどれだけ政権支持率の回復に役立つか分からないが、NISAの制度改正が選挙対策になるのだから資産運用業の存在感が高まったといえるよ。
興梠 今後の手順を確認しよう。議連の提言を受けて金融庁が制度導入に動けば、8月の税制改正要望にこの件が取り上げられる。
久我 まさに参院選の直後!状況によっては衆参ダブル選になっているかも。
みさき その結果によっては政権の枠組みが変わっている。自公の2党体制からプラス国民民主党なのかプラス維新の会なのか。それとも立憲民主党との大連立なのか。
興梠 そこでプラチナNISAは岐路に立つ。そこを乗り切れば年末の税制大綱に盛り込まれ、年明けの通常国会にNISAの法的根拠である税制特別措置法の改正案が提出される。最後に衆参両院で可決されて制度誕生だ。施行日は2027年1月1日だろう。
みさき その時まで石破政権が続いているとはちょっと想像できない。だが、資産運用議連は岸田前首相を中心に有力な政治勢力を保っている可能性がある。政局が混迷するほど政治家は結束する必要があるからね。
菊乃井 とするとプラチナNISAは成立するとの読み筋が浮上するね。日証協の議連への陳情が奏功したとすれば、6月の退任を前にした森田敏夫会長の功績だが、出身母体の野村證券は高齢者への毎月分配型の販売に注力するのかな。
久我 紆余曲折が予想されるが、仮にこの話が実現すれば業界には「君たちが要望したからこの仕組みをつくったのだ」と議連からプレッシャーが掛かるのは間違いない。
みさき 現役世代が資産形成する時期であるように退職世代は資産を活用、費消する時期だ。高齢者が毎月分配型の投信を持つことに合理性はあるが、このために不合理な分配競争が再開されるのは避けたいところだ。
興梠 米国の関税政策も同じだが、事態が政治マターに格上げされると今までと違った力学で物事が決まる。これまで以上に幅広い情報収集が欠かせないね。