今夏の金融庁人事は企画市場局長だった井藤英樹氏が長官に昇格し、本命視されていた伊藤豊氏は監督局長に留任となり、一部で意外感を持って受け止められた。他方、資産運用ビジネスの実務に携わっている読者にとっては金融庁のトップが誰かよりも自分たちの仕事に直接関わる問題、例えばプロダクトガバナンスなどの担当部署はどこか、そのキーパーソンは誰かの方が気になるところだろう。
先般の金融庁人事はこの疑問にも答えている。同時に販売会社も含めた資産運用ビジネスの指導や育成に本腰を入れる決意も見せている。
具体的には、資産運用モニタリング室を証券課の傘下から引き抜くとともに資産運用企画室を新設。さらに、両室を統括するため資産運用参事官というポストを新たに設けた。その初代参事官に就いたのが永山玲奈氏。資産運用ビジネスの実務者にとって最重要のキーパーソンの一人だ。
証券課から資産運用業務を移管、監督体制も販社と同列に
まず組織改正から見てみよう。これまで金融庁の監督局には大手銀行を担当する銀行第一課、地方銀行の第二課、保険会社の保険課、そして証券会社をみる証券課が「横並び」で設置されていた。
運用会社や資産運用業は証券課の下に置かれていた資産運用モニタリング室が担当していた。組織上は販売会社である証券会社を監督する証券課の配下に運用会社をみる部署があったことになる。
従来、当局は金融グループ内の運用会社に親会社の販売会社が役員を派遣するなど「運用会社の経営の独立性が確保されていない」と批判してきた。実際、運用会社を販売会社の支配下に置く金融グループに対し、その解消を強く求めていた。
大手金融グループの中で唯一、三菱UFJアセットマネジメント(MUAM)が販売会社の100%子会社であったが、当局の要請を受けて親会社の三菱UFJ信託銀行が2024年4月に保有株をグループの持ち株会社MUFGに現物配当のかたちで移管。MUAMはMUFG直下の子会社となり、グループの銀行や証券、信託銀行と同列となった
当局が運用会社の株主にこだわる背景には運用商品を企画、組成する運用会社の経営権を販売会社が握っていては「顧客の利益よりも親会社の都合を優先した商品開発がなされる恐れがある」とみているからだ。
民間には運用会社の独立性を求めながら、自らは販売会社を監督する証券課の下に資産運用モニタリング室を置く矛盾の解消を図ったわけだ。
資産運用企画室を新設、既存のモニタリング室と2室体制に
証券課から抽出された資産運用モニタリング室は総務課の下に収まった。総務課は局内の各業務に横串を刺し、総合調整するのが役目だ。銀行や証券会社と関わりの深い運用会社の監督を総務課のもとで担うのは理に適っている。
そして、今回の組織改正では資産運用モニタリング室の移管と同時に、資産運用企画室が新たに設けられ、前者とともに総務課の下に置かれた。
2つの室の役割分担はこうだ。既存の資産運用モニタリング室はその名の通り運用会社や資産運用ビジネスのモニタリングを手掛ける。一方、新設の資産運用企画室は運用会社の経営や販売会社などとの関係がどうあるべきかなどを指し示す役割を担う。両室が連携し、運用会社などの監督に関する企画と実務を一体で運営する構図になっている。
ただし、運用会社や関連業務の監督(プロダクトガバナンスの推進や販売会社との関係正常化など)といった踏み込んだ問題を局内の調整を主な仕事にしている総務課に負わせるのは難しい面がある。本来は「資産運用課」を設立し、同課の中で業務を完結させることが望ましいが、役所では話が簡単ではない。
国民の税金で運営されている霞が関は各省庁の判断で局や課を作れない。予算要求して財政当局や国会の承認を経て初めて課などの増設が認められる。そうでない場合はどこかの課を閉鎖し、浮いた分で新しい課を立ち上げる必要がある。今回は時間的な余裕がなく、総務課の下に2つの室を並べる体制とした。
資産運用参事官ポストを設置、「資産運用課」立ち上げの布石
「資産運用課」の新設を見送った代わりに2つの室を管轄する資産運用参事官ポストを用意した。組織上の課は存在していないが、同参事官が実質的に「資産運用課長」として両室を統括する。資産運用ビジネス専管の参事官を置いたことで、「いずれ資産運用課を立ち上げる布石にもなる」(同庁の局長)という。
ちなみに、参事官は外部から分かりにくいポストだ。その職責の重さを知るには幹部名簿を見るとよい。金融庁のホームページに「金融庁幹部名簿」が載っている。縦のケイ線に隙間なくピッタリと書かれている役職(長官や監督局長など)は組織で一番上の階層だ。ケイ線から一文字分のスペースを置いて書かれているもの(審議官や一部の参事官)が二番目の階層。二文字の空きのもの(各課長や一部の参事官)が三番目だ。
つまり、参事官は審議官級から課長級までを含む広い階層に属している。位置付けられた階層によって権限や待遇にも差がある(些末な点では個室があるとか)。
このように参事官は広いレンジに含まれるポストなので、課の新設よりも機動的に設置できる強みがある。そして、その参事官に就任したのが永山氏で、最重要キーパーソンといったのはそうした意味だ。
今夏人事のもう1つの狙い、運用会社とアセットオーナーの改革を一体で
今夏の人事で資産運用ビジネスの監督体制やキーパーソンは定まった。しかし、今回の人事の狙いはそれだけではない。運用会社の監督などと年金基金などアセットオーナーの改革を一体で取り組む仕掛けが施されている。
資産運用業とアセットオーナーの高度化は資産運用立国実現プランの中で「インベストメントチェーンの残された2つのピース」とされ、アセットオーナーの改革は企画市場局の市場企画室が手掛けている。その市場企画室の今泉宣親室長が資産運用企画室のメンバーを兼ねているのだ。同時に資産運用企画室の鈴木善計室長が市場企画室を兼ねる。
「併任」という扱いなので表には出ないが、「残された2つのピース」を扱う両室のトップがたすき掛けに配置される人事に金融庁がこの問題に掛ける意気込みを感じる。アセットオーナーの問題も第2幕があるとみた方がよさそうだ。