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”霞が関文学”で読み解く金融界

プリンシプルの黄昏(たそがれ)? 当局が目論む事業者間の「相互監視システム」とは

川辺 和将
川辺 和将
金融ジャーナリスト
2024.11.20
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プリンシプルの黄昏(たそがれ)? 当局が目論む事業者間の「相互監視システム」とは

官庁で編み出される“霞が関文学”を読み解き、金融業界を取り巻くシステムの現状と今後を考える本連載。今回取り上げる「作品」は、11月頭に改正された監督指針に関する「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(10月30日公表)です。行政運営の基盤となっていたプリンシプルベースの考え方を発展させ、「顧客本位」定着のため、事業者どうしの相互監視システムを築き上げる思惑がうかがえます。

最善利益義務はルール回帰の象徴なのか?

今回は、11月の改正金融サービス提供法で新設された「最善利益義務」が、金融庁の「ルールベース回帰」の象徴なのか、という問いについて考えてみます。

 

金融庁の行政運営の基盤となっている二つの対照的な考え方である「プリンシプル」と「ルール」の関係については、本連載で何度か取り上げてきました。

ここで二つの違いを確認すると、ルールとは法令上の決まりであるのに対し、プリンシプルは法的拘束力のない行動規範(原則)を意味します。

後者のプリンシプルは金融審議会などでの議論を経て金融庁が策定しますが、建てつけ上は、事業者が自主的に採択し、その規範に遵守した行動を取るということになっています。

ルールといえば金融商品取引法(適合性原則やインサイダー取引規制など)、プリンシプルといえば「顧客本位の業務運営に関する原則」(FD原則)がその典型例として挙げられます。また、当局が事業者をモニタリングするときに使用する監督指針は、ルールとプリンシプルのちょうど中間にあるような存在といえます。

金融庁の歴史をたどると、バブル崩壊後の不良債権処理が最優先課題だった時代の「ルールベース」(ルール中心主義)から、事業者の創意工夫を尊重する「プリンシプルベース」(プリンシプル中心主義)へ、というおおまかな流れがあります。

足元では、複雑な仕組債の不適切営業をめぐる一連の問題を直接的なきっかけとして、ルールベースへの回帰のようにみえる動きが目立っています。11月に施行された改正金融サービス提供法では、プリンシプルの代表格であるFD原則に含まれていた一項目をルールに格上げするかたちで、最善利益義務が創設されました。

この最善利益義務の創設を、プリンシプルベースからの揺り戻しの象徴として捉えることもできるでしょう。ただ、大衆経済小説でやや誇張的に描かれたような高圧で強権的な検査官たちが帰ってくるのかというと、事態はそれほど単純でないようです。

ルールを浸食するプリンシプル

金サ法改正に合わせて改正された監督指針に対するパブリックコメントへの回答文を読むと、次の2つのポイントが浮かび上がります。

 

(1)ルールとプリンシプルの結節点としての「プロダクトガバナンス」

(2)事業者の「相互監視」システムの強化

 

まず、新設された「最善利益義務」の運用方針に関する質問に対し、パブコメで金融庁は次のように回答しています。

 

「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行」しているか検証するにあたっては、個別の取引の背景にあるビジネスモデルのあり方、例えば、業績評価をはじめとする組織運営のあり方や商品ラインナップのあり方、プロダクトガバナンスなども検証の着眼点となると考えております。(※質問番号10に対する回答文より)

 

当局が最近頻繁に持ち出すプロダクトガバナンス(商品統治)という概念は、もともと欧州の金商法にあたるミフィッドツーから借用した概念ですが、数年前に金融審議会で取り上げられるまで、国内ではほとんど使用例がありませんでした。したがってこのプロダクトガバナンスという用語を金融庁がどのような意図で使っているのかを知るためには現状、当局自身の公表物しか頼るものがありません。

9月に確定した「顧客本位の業務運営に関する原則(FD原則)」の改定版では、プロダクトガバナンスに関する補充原則が追加されました。この中では、組成サイド-販売サイドが情報連携を強化し、各商品が組成段階で想定した顧客層(想定顧客)に行き届いているかを継続的にチェックするよう促す項目が設けられています。プロダクトガバナンスという抽象度の高い概念をもとに事業者側が具体論を組み立てる際、今のところこの補充原則がほとんど唯一のよりどころといえるでしょう。

先ほど引用したパブコメ回答文の中では、このプロダクトガバナンスが、事業者側が最善利益義務を全うしているか検証する際の着眼点の一つとして位置付けられています。

 

さりげない書きぶりながら、ここには見過ごせない意味があります。

FD原則はプリンシプルの性質上、自主的に原則を採択した事業者だけが遵守を求められます。反対にいえば、FD原則を採択しない事業者にとって本来、FD原則は無関係であったはずです。

しかし金融庁がこのたび、最善利益義務に基づく検証上の着眼点としてプロダクトガバナンスを引き合いに出したことで、この前提が崩れる可能性が浮上しました。最善利益義務は銀証保のみならず年金など幅広い事業者に広く網をかける金サ法で規定されているため、パブコメ回答を字義通りに取ればFD原則の採択の有無にかかわらず、プロダクトガバナンスの確保が求められることになるからです。プロダクトガバナンスを結節点として、プシンリプルがルールの領域に浸食しつつあるともいえるでしょう。

 

エンフォースメント手段の多様化

プリンシプルベースの行政運営においてはその実効性の確保(エンフォースメント)、つまり直接的な罰則規定に頼らずどのように事業者の行動に結び付けるかがたびたび議論になってきました。

これまでFD原則の実効性を担保するために金融庁が活用してきたのが、採択事業者の一覧表(「金融事業者リスト」)です。同業他社の中でFD原則を採択していない事業者が一目で分かってしまうため、悪目立ちを避けるために採択を迫られ、結果的に業界内に原則が定着・普及してきた経緯があります。また、採択をしながら遵守しない場合に合理的な理由の説明を求められる「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方も、プリンシプルの弱点の補完であるとともに、庁内ではほとんどプリンシプルの本質的条件として理解されています。

ただ、金融審議会内ではFD原則に関する各社取組の形骸化を問題視する声も上がっていました。今回のパブコメ回答をみると、実効性を担保する全く別のシステムを構築しようとする思惑をうかがうことができます。

 

販売会社において組成会社の伝えていた意図と異なる顧客への販売がなされている等の実態を組成会社が把握している場合には、プロダクトガバナンスの観点から、その商品性や想定顧客、当該販売会社との関係性を見直すことも顧客の最善の利益を勘案した方策の一つになり得ると考えられます。

 

「販売会社との関係性を見直す」とは穏当でない書きぶりですが、要するに次のように言い換えることが可能でしょう。「組成会社が提供先の販売会社に想定顧客を伝え、想定顧客と実際の販売層との乖離が発覚した場合、商品を変えたり、想定顧客層の見直しを行ってその乖離を是正できない場合には、販売会社との取引を取りやめも考えなさい」、と。

国内では組成会社と販売会社は同一グループに属するケースが少なくありません。結果的に、販売会社と組成会社が互いに互いのプロダクトガバナンスを監視しあう相互監視システムを企図しているかのようにも読み取れます。

ちなみに、民間主体間のモニタリング強化という構図は、10月に確定した「VCにおいて推奨・期待される事項」(VCRHs)にも見出すことができます。

岸田政権下の「資産運用立国実現プラン」のスローガンの下で議論が始まったVCRHsは、アセットオーナープリンシプル、先述の改定FD原則とあわせて「3大プリンシプル」とも呼ばれていました。ただし「ベンチャーキャピタルに関する有識者会議」での議論の過程で、プリンシプルを名目とした行政への過剰干渉を懸念する声が業界関係者から相次いだこともあり、結局は名称から「プリンシプル」が外されることになりました。

実際にVCRHsの中身をみると、採択事業者リストやコンプライ・オア・エクスプレインといった仕組みは取られていません。基本的にはVCRHsに記載された項目についてVCがどのような取組を実施しているかについて、資金の出し手であるLPなどが一つ一つ相対で確認するという立て付けになっています。

足元で、プリンシプルからルールに回帰しつつあるという見立ては、おおまかに見れば間違っていないように思えます。しかしより厳密にいうと、プリンシプルの実効性を確保する方法が多様化しつつあり、中間概念(プロダクトガバナンス)を介したルールとの接近はその手段の一つに過ぎない、といったほうがいいのかもしれません。

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川辺 和将
かわべ かずまさ
金融ジャーナリスト
金融ジャーナリスト、「霞が関文学」評論家。毎日新聞社に入社後、長野支局で警察、経済、政治取材を、東京本社政治部で首相官邸番を担当。金融専門誌の当局取材担当を経て2022年1月に独立し、主に金融業界の「顧客本位」定着に向けた政策動向を追いつつ官民双方の取材を続けている。株式会社ブルーベル代表。東京大院(比較文学比較文化研究室)修了。
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