私は昨年11月より、フィナシープロご利用の皆さまに向けたメールマガジンで、「私の金融経済実録史」と題するコラムを25回にわたってお届けいたしました。その後、少し間が空きましたが、本年2月から5月まで、「『志』高く『腰』低く『声』明るく」と銘打ち、皆さまにコラムをお送りしてきました。
今回からは、メールマガジンではなくフィナシープロの本サイトに月2回(第2、第4木曜日)コラムを掲載いたします。これからも変わらずお付き合いいただければありがたいです。
けさは、20年振りに新紙幣流通がなされたこともあり、新1万円札の肖像となった渋沢栄一翁にちなんだお話です。私の手元には、渋沢栄一翁が雅号である「青淵」を用いて書名にした談話集「青淵百話」の書籍コピーがあります。初版は今から112年前の1912年6月ですから、元号が明治から大正に変わる直前です。残念ながら全文ではなく、ほんのわずか20ページ余りです。今から10数年前、銀行勤務時代の同僚が古本市で偶然発見。その同僚のライフワークのひとつが古書集めであり、私が興味を示すと推測した箇所をあらかじめコピーにとり、用意しておいてくれていたのです。
青淵百話の48番目は「会社銀行員の必要的資格」と題し、第一に「簿記に熟練すること、簿記は計算の基礎」と述べています。第二に「算術に熟達すること 殊に珠算に熟達して居らねばならぬ」と。第三に「文筆の才あること 別に文章家たる程の必要もないが多少文筆の心得があって…」。第四に「字体の明確なること 如何に書風は雅致でも難読の字は困る」と。
偶然かもしれませんが、1万円札の肖像は福沢諭吉先生から渋沢栄一翁にバトンタッチされましたが、福沢先生も簿記には優れた教育効果があると説いておりました。関西学院大学の西嶋達人助教は6月28日の日経新聞「私卓卓見」で、福沢先生が「学問のすすめ」の中で実学として挙げたものの一つに「帳合いの仕方」があったと指摘し、「『帳合いの仕方』とは簿記である」と解説しています。福沢先生と渋沢翁は互いにその存在を意識し、我が国近代化の先駆者として新しい時代を切り拓いてこられました。そのご両名がいずれも簿記の大切さを説いていたのです。
西嶋氏は記事のなかで「新NISAをきっかけに投資をする人が増えている。子どもたちのこれからの人生においても、投資をする機会が増えていくだろう」と述べ、小学校での簿記教育導入を提案しています。さすがに簿記の複雑なしくみまでは難しいでしょうから、せめて全国の先生におかれましては、ぜひ子供たちに「福沢さんも渋沢さんも、簿記というものを世に広めた人物なんだ」と伝えていただければと思います。幼いうちから簿記という言葉を知っているだけでも、相当な教育効果ではないでしょうか。