SMBC日興や千葉銀に比べ、処分は軽いか重いか
SBI証券が2月13日、主幹事を務めたIPO銘柄の株価操作に関して金融庁から処分を受けた件で経営陣の処分を発表した。内容を見て「ホッとした」「肩透かしだった」など金融業界で様々な反応があった。
同社が明らかにした処分は本件に関与した役員のほか、高村正人社長と専務取締役2人を減給するという内容。処分の対象者に高村社長と共に代表権を持つ北尾吉孝会長の名はなかった。同時に経営管理や内部管理の態勢強化も公表し、再発防止と信頼回復に努めるとしている。
同じ株価操作絡みでは2022年10月に処分されたSMBC日興証券は同社の会長、社長に加え、持ち株会社三井住友フィナンシャルグループの会長、社長が減給。さらに、直接関与した4人の執行役員は事実上解任されている。23年6月に仕組み債の不適切販売を指摘された千葉銀行でも実力会長が辞任している。直感的にSBI証券の処分が軽いと感じる向きがあっても不思議はない。
処分の内容や責任の取り方の軽重は印象だけでは決められない。事案の悪質性や市場や顧客への影響などを考えて判断すべきだろう。SMBC日興証券は金融商品取引法第159条第3項(違法な株価の安定操作の禁止)に該当し、逮捕、起訴までされた役員がいる。しかも、株価操作は「自社の収益確保が目的で、その罪は重い」(大手証券OB)といえるだろう。
他方、千葉銀行は金商法第51条の2(公益や資家保護のため必要な措置を取れる)に基づく業務改善命令で、同行の行為が違法とされたわけではない。それでも会長辞任に至ったのは「実力者の排除が同行の業務改善に不可欠」と判断されたからだろう。罪が重いか軽いかの問題ではなく、業務改善の実を上げるための措置という整理だ。
振り返ってSBI証券のケースは公募価格を下回って初値を付ける可能性のあった銘柄への買い注文を受けたことが、内閣府令第117条第1項(実勢を反映しない作為的なものと知りながら注文を受けることの禁止)に該当するとされている。こうした事実認定ならば、同社の役割は受動的なもので罪は軽いとみることができる。
ただ、「作為的な注文」を集めるように指示したのは同社の役員らで、その立場は受動的とはいえないだろう。なお、本件に直接関与した取締役の1人は退任した。
IFAは信頼に揺らぎ、仕組み債やAT1債に続く不祥事で
今回の事案で状況が苦しくなるのはSBI証券よりも同社の関係先ではないか。その筆頭がIFAだろう。金融庁の認定では「作為的な注文」に関わったIFAは3社とされているが、同業者によればSBI証券の勧誘に応じたIFAは20社を超えるという。その中には同業界の集まりである日本金融商品仲介業協会の理事を務めるIFAも含まれており、理事らの責任を追及する声が挙がっている。
IFAはこれまで仕組み債の不適切勧誘に手を染めたり、クレディ・スイスの買収に伴い無価値になったAT1債の販売に関わったりするなど、信頼を失うケースが多かった。今回またSBI証券の株価操作に関与したことで、「貯蓄から投資へ」の担い手としての信頼が揺らぐ恐れがある。
数字が語るものは何か 謎が残るふたつの「9」
今回の株価操作に関わったのはIFAだけではない。SBI証券の香港法人が機関投資家9社から注文を受けた。香港経由の注文なので、アジアかそこに進出している欧米などの機関投資家が発注元とみるのが自然だろう。しかし、関係者によればこの9社は国内の地方銀行だという。まさかと思って霞が関界隈で話を聞くと、金融庁周りの記者の間では香港ルートで注文を出したのが「国内の地銀であることは有名な話」だという。もっとも、個別の行名が出ているわけではないし、金融庁からは「機関投資家9社」としか発表されていないので、噂に過ぎないかもしれない
ただ、9社という数字が引っ掛かる。念のために調べてみると、SBIグループが資本提携する地銀はピッタリ9行(加えてSBI新生銀行)。仮に国内の地銀だとして、なぜこんな注文を出したのか。なぜ香港なのか。疑問はさらに湧いてくる。ふたつの「9」は偶然の一致かもしれないが、地銀との提携を進めるSBIホールディングスは、自分たちの提携の意義や狙いで投資家や関係者からのあらぬ疑いを避けるためにも、香港法人の今回の役割について説明すべきではないだろうか。
「本件はグレー」が通るか、引き受けとリテールの利益相反
今回の株価操作について「これはグレーだよ」と話す市場関係者が何人かいた。その理屈はこうだ。主幹事が公募価格を1000円と設定した場合、その銘柄の適正価値を1000円と判断したことになる。初値が900円になれば、適正価格に比べて「市場価格は割安」と見なすことができる。
SBI証券としては「割安な銘柄をお客様にお勧めしただけだ」と主張したいだろうが、反論として成り立つのだろうか。公募価格を決める側と市場価格が割高か割安を判断する側が全く別の組織ならばあり得るだろう。両者が同一であれば、公募価格(1000円)を下回る価格(900円)は当然、割安とされるが、900円が割安かを判断するのは本来、公募価格の決定に関わっていない市場関係者がなすべきだ。公募価格を決める引受部門の顧客は株式を公開する企業で、彼らは株を高く売りたい。一方、市場価格を見て営業するリテール部門の顧客は投資家で、彼らは株を安く買いたい。両者は完全に利益相反の関係だ。
この観点でいえば、SBI証券の振る舞いは「グレー」の一言では済まされないだろう。こうしたケースがさらに続くようであれば引受部門とリテール部門の分離を検討する必要があるかもしれない。今回の事案が問い掛ける問題は決して軽くない。
みさき透
新聞や雑誌などで株式相場や金融機関、金融庁や財務省などの霞が関の官庁を取材。現在は資産運用ビジネスの調査・取材などを中心に活動。官と民との意思疎通、情報交換を促進する取り組みにも携わる。