2024年1月、新NISAが始動した。14年の一般NISAの創設以来、10年を経て制度の恒久化と投資上限の大幅引き上げが実現された。旧民主党が政権の座にあった12年夏の税制改正要望で、金融庁がNISA(当時は日本版ISAと呼ばれていた)の導入を打ち出したときから成り行きを見守っていた身としては感慨深いものがある。
新制度がスタートしてまだ日が浅いが、投信マーケットへの資金流入は急増しており、国民に支持されている仕組みだと確信できる。今後、国民の老後生活を支える重要な制度に育っていくだろう。
ただし、ファンドや金融サービスを提供する側の視点に立てば、喜んでばかりではいられない。特に対面中心の金融機関は事業の採算性などを冷静に見極める必要がある。
メガバンクや大手証券会社に比べて富裕層との取引が限られる半面、地元企業やその従業員らとパイプのある地方銀行は退職金の受け取りや相続を控えた層へのアプローチといった「預かりビジネスの本流」への回帰を進めるべきではないか。
投信市場に大規模資金流入、1月は6営業日で純増4600億円
新NISAは好調なスタートを切った。1月12日(金)までの実績で、投信市場(ETFを除く公募の株式投信)の資産残高は4600億円強の純増となった。1月はNISAの新しい投資枠が提供されるため、資金流入が膨らみ資産残高も増えやすい。それでも、23年1月は月間で6000億円程度の純増であったことを考えると、今年の1月は6営業日で前年同月の純増額の8割近くを占めるペースで資産が増えており、新NISAのインパクトの大きさが分かる。
個別企業の動きを見ると、楽天証券では楠雄治社長が14日、24年に入ってからの新規口座開設ペースは「前年の3倍程度のペース」と語ったと一部で報じられた。商品では若年層を中心に人気の高い「eMAXIS Slim全世界株式」(オルカン)の資金流入が9日の1営業日だけで1000億円を超えたとのニュースも流れた。
同投信を運用する三菱UFJアセットマネジメントはこのファンドの運用残高の上限を急きょ、2兆円から5兆円(!)に引き上げた。まさに非連続の躍進で関係者は我が世の春を謳歌していることだろう。ただし、話はこれで終わらない。
NISA口座が減少する金融機関も、売れ筋はインデックス投信
国策と民間の営業努力がマッチし、かつてない活況に沸く資産運用業界だが、内部には悩ましい問題を抱えている。新NISAのスタートにもかかわらず、地方銀行を中心にNISA口座を減少させる金融機関が相次いでいるからだ。メガバンクの一角も口座数が落ち込んでいる。
こうした動きは既に23年10月から見られた。10月になると既存のNISA利用者は翌年に利用する金融機関の変更を届け出ることができる。そのため、毎年10月は金融機関の変更に伴う口座解約が増えるが、新NISAの開始を目前に控えた23年10月は「例年の10倍も解約の申し出があった」と複数の地方銀行で聞いた。
書類ベースでは次に利用する金融機関は分からないが、営業店の担当者が聞き取りしたところ、大手ネット証券の社名を挙げるケースが多いという。こうした動きも楽天証券などネット証券の口座数を押し上げていそうだ。
さらに、人気商品が低コストのインデックス投信に集中している。販売時の手数料が無料で信託報酬が0.1%程度の投信は長期の資産形成を考える若年層には歓迎されるが、商品やサービスを提供する側にとっては収益の確保が難しい。インデックス投信のビジネスで利益を上げるには「兆円単位」の預かり資産が必要になる。
仮に1兆円の残高があったとしても、投信の信託報酬が0.1%ならば、年間の収入は10億円。これを運用会社と分け合ったうえで、システムコストや人件費を賄うことになる。これで既存の金融機関が収益を上げるのは困難だろう。
預かり事業の収益源は退職金、リタイア後のシニアとの取引深耕も
政府はNISAの利用者を倍増させるという目標を掲げているが、人気のインデックス投信を販売するだけでは利用者や残高が倍になっても採算が合うか不透明だ。
NISA推進は国策であり国民に必要とされている制度なので、金融機関が口座や資金の獲得に取り組むのは当然だが、預かり資産を収益源と位置付けるのであれば、NISA以外のビジネスを進めるべきではないか。
NISAの他で預かり資産業務のビジネスチャンスを探すとすれば「退職金マーケット」だろう。月数万円程度の積み立てに対し、相応の企業を勤めあげれば企業年金の一時払いも含めて数千万円の退職金を受け取るケースが多い。
この金額のうち、どれだけを運用に回すのか、そのポートフォリオをどうするのか。人に会って相談したいと考えるのが自然だろう。退職金の運用相談で信頼を勝ち取れば相続の問題、自宅の買い替えやリフォームなどと取引が広がることも期待できる。
有力な地方銀行であればしっかりした退職金制度を持つ企業やそこに勤める人を顧客に抱えているはずだ。多くの関係者が資産運用業界が始まって以来の大イベントに熱中している間に、地元企業を回って退職金を受け取る人たちの相談に乗るのが「プロの仕事」ではないだろうか。
執筆/霞が関調査班・みさき透
新聞や雑誌などで株式相場や金融機関、金融庁や財務省などの霞が関の官庁を取材。現在は資産運用ビジネスの調査・取材などを中心に活動。官と民との意思疎通、情報交換を促進する取り組みにも携わる。