一部報道によると、財政懸念で長期金利が上昇する中、高市首相が国債買い入れの縮小を行う日銀に配慮を求めたとか。しかし、そんなことをすれば財政従属と見なされかえって長期金利は上昇する可能性も。今、日銀は国債買い入れを巡って財政従属を避けるためのスキームを検討中です。それが分かる6月決定会合の議事要旨を解説します。

※本稿は、8月12日に「トウシル」に掲載された人気エコノミスト愛宕伸康氏の記事「国債買い入れを巡る政府と日銀のつばぜり合い、日銀の次の一手は?」を抜粋・編集しています。

「高市首相、日銀総裁に国債買い入れ要請」報道と6月会合の議事要旨

7月8日に配信したレポート「10年金利3%超へ、上昇行き過ぎれば日銀は国債購入を増やすのか」で、筆者は「財政リスク懸念が強いときに日銀が国債買い入れ増額するとやぶ蛇」、つまり日銀の金融政策に対する信認が低下し、かえって長期金利が上昇しかねないと書きました。

実を言うと、6月末に政府から「骨太の方針」の原案が公表され、財政リスクに対する懸念が強まり、10年金利が30年ぶりの水準に上昇しましたが、おそらく政府筋から日銀に国債買い入れによる配慮を求める声が上がるだろうと予想し、7月8日のレポートは書きました。ですが、政府と日銀の鍔(つば)迫り合いはすでに始まっていたようです。

8月5日7時32分、時事通信が「高市首相、日銀総裁に「国債買い入れ」要請 積極財政にらみ、金利抑制狙う」との記事を配信。5月22日に行われた植田総裁との会談で、高市首相が「内閣の取り組みを理解し、適切な金融政策を実行してほしい」と強調したうえで、日銀が行っている国債買い入れの減額に対し「適切な対応」を求めたと報じました。

同じ8月5日の8時50分、今度は日銀が国債買い入れの減額停止を決めた6月金融政策決定会合(MPM)の議事要旨を公表し、「国債買入れの減額停止は、国債市場が不安定化し、経済にマイナスの影響を及ぼす事態を避けるための措置」とする意見など、財政政策とは全く関係なく決定されたことを示す議論の中身が詳しく紹介されました(図表1)。

<図表1 6月金融政策決定会合の議事要旨~国債買い入れの減額停止について~>

出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 

結論を言えば、日銀が政府の財政拡大に配慮して国債買い入れの減額停止を決めたということはありません。しかし、8月5日の時事通信の報道によって、6月利上げを高市政権が認める代わりに、日銀は国債買い入れの減額停止を決めたのではないかとの見方が、市場の一部から聞かれたのは事実です。

財政リスク懸念が強いときに日銀が国債買い入れ増額するとやぶ蛇

時事通信の報道が事実かどうかはともかく、もし長期金利の上昇を抑制したい首相の要請を受けて日銀が国債買い入れの減額停止を決めたとすれば、7月8日のレポートで述べた通り、やぶ蛇になっていたのではないでしょうか。長期金利が目立って上昇していないということは、そうした見方は市場の一部にとどまったということだと思います。

日銀は現在、債券市場が自律的に金利を形成する健全な姿に戻るよう国債買い入れを減額し、保有国債残高を縮小する正常化に取り組んでいます。市場が財政リスクを意識している状況で、日銀が政府の要請に従ってそれを中断する、もしくは買い入れ増額に転じたとなれば、物価安定の使命遂行能力に疑念を生じさせることになります(財政従属)。

もちろん、植田総裁はこうしたリスクを十分理解しています。前出の時事通信の記事によると、「植田総裁は「市場の反応を考える必要がある」としつつも、「何かあったら対応する」と答えた」と報じています。「市場の反応」とは財政従属と受け取られるリスクを指しており、「何かあったら」というのは金融システム不安につながるような余ほどの金利上昇のことを指しています。

というのも、日銀の使命には、物価安定のほかに金融システムの安定もあります。金融政策への信認を毀損するような財政従属的な言動は慎むべきですが、金融システム不安につながるような急激な金利上昇には対応する必要があります。2026年6月16日に日銀が公表した「長期国債の買入れ計画について」にも、「長期金利が急激に上昇する場合には、……機動的に、買入れ額の増額や指値オペ……などを実施する」とあります。

重要な点は、日銀が国債買い入れを増やして対応するかどうかの基準は、金融システム不安につながるようなリスクがあるかどうかであって、金利水準ではないということです。

2022年9月にイギリスで発生した金利ショック(トラス・ショック)もそうでした。当時、トラス政権が財源の裏付けのない大型減税を発表したことから長期金利が急騰し、イングラド銀行(BOE)は期間限定で英国債を無制限に買い入れる緊急措置に踏み切りましたが、長期金利の急騰自体が理由ではなく、長期金利の急騰で一部の年金基金が運用危機に陥るなど、金融システムが不安定化するリスクが高まったことが理由でした。

繰り返しになりますが、財政リスクの高まりを背景とする金利上昇の抑制を日銀に求めるのは逆効果です。高インフレが続くもとでは、政策金利の引き上げを行って粛々と金融緩和度合いを調整することが、金融政策運営への信認を確保するために必要なことであり、長期金利の抑制には、政府がしっかり財政規律へのコミットメントを維持することが重要なのです。