黄色い腕章をつけた高木

朝、典江は横断歩道の立ち当番のため、梨歩の見送りを夫に任せて、いつもより少し早く家を出た。通学時間と重なった通学路には、ランドセルを背負った子どもたちが列になって歩いている。横断歩道の近くまで来たとき、典江は思わず足をゆるめた。高木が、そこに立っていたからだ。黄色い腕章をつけ、横断旗を片手に持っている。表情は相変わらず厳しい。

「わっ、ダッシュ婆だ!! 逃げろー!!」

「こら、白線から出ない。そこ、車が曲がってくるから危ないよ」

低学年くらいの男子が数人、笑い声をあげながら高木のそばを駆けていく。周りにいた子どもたちも、つられて笑ったが、高木は気にした様子もなく、続けて横断歩道の先を指した。

「青になっても、すぐ走らない。右と左を見る。分かったね」

「はあい」

子どもたちは好奇心と緊張の入り混じった面持ちで返事をした。怖がられていないわけではない。しかし、以前のように姿を見るなり逃げ出すような子は少なくなった。

「おはようございます」

1人の男の子が小さく言うと、高木は一瞬だけ目を丸くした。

「おはよう。前を見て歩きなさい」

返事はぶっきらぼうだったが、それが高木なりの挨拶なのだろう。

やがて、梨歩が友達と一緒に歩いてきた。梨歩は高木に気づくと、一瞬足を止めかけた。典江も思わず身構える。一方、高木は梨歩を見て、いつもの調子で言った。

「ちゃんと周りを見るんだよ。車は急に止まれないからね」

梨歩は高木の顔を見上げ、ぎこちなくうなずいた。

「……はい」

それだけ言うと、友達と並んで横断歩道の前に立った。信号が青に変わると、梨歩は右と左を確認してから歩き出した。典江の身体から、ゆっくり力が抜けた。

「高木さん、おはようございます」

「ああ……おはようございます」

高木が典江に気づき、軽く会釈した。

通学路では、子どもたちが順番に横断歩道を渡っていく。その脇で、高木は横断旗を握ったまま、車道の先と子どもたちの足元を交互に見ていた。朝の光を受けて、黄色い旗が静かに揺れていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。