典江の提案

「高木さんのお考えは、分かりました。子どもを注意したくなる気持ちは私にも理解できますし、娘の飛び出しを止めてくれたことにも感謝しています。でも……」

典江は慎重に言葉を選んだ。

「娘は本当に怖がっていました。たとえ高木さんが事故に遭わないように止めてくれたとしても、娘には、知らない大人に急に怒鳴られたという記憶しか残っていません」

「でも、危ないものは危ないでしょう。厄介な年寄りだと思われても、私は言動をあらためるつもりはありません」

居間に沈黙が落ちた。高木は写真立ての方をじっと見つめている。

「高木さん」

典江が声をかけると、高木はゆっくり顔を上げた。

「子どもたちの登下校が心配なら、見守りボランティアに参加してみませんか」

「そんなものに入らなくても、危ない場面を見かけたら私は止めますよ」

「分かっています。でも今のままだと、子どもたちは高木さんを、ただの怖い人として認識してしまいます。実際、高木さんが注意したときに素直に言うことを聞く子どもは、多くないんじゃないですか?」

そう言うと、高木は黙った。まだ納得していない顔だったが、先ほどのようにすぐ言い返してはこない。典江は言葉を続けた。

「正式な見守りとして通学路に立てば、子どもたちも保護者も、高木さんが何のためにそこにいるのか分かります。事故が起こりやすい場所や登校中の危険な行動も、学校やPTAと共有できます」

「今さら私が、学校の人たちと一緒にですか」

「はい。高木さんが子どもたちを見てきた経験も、きっと役に立ちます」

高木は視線を座卓に落とした。指先が湯のみの縁に触れ、すぐに離れる。迷っているように見えた。

「自分が快く思われていないことは知っています。ボランティアに参加したからと言って、受け入れられるとは思えません」

「すぐには無理かもしれません。でも、周りが高木さんのことを知れば、少しずつ変わっていくと思います」

高木は小さく息をついた。

「そうでしょうか」

「はい。現に私がそうですから。それに、今は個人で勝手にやっているから誤解されてしまっている面もあると思います。だから、今後はちゃんとした形にしませんか。私もPTAで相談してみますから」

そう言うと、高木は初めて典江の目をまっすぐ見た。

「考えておきます」

短い返事だった。だが典江には、それで十分だった。玄関まで送られたところで、典江は振り返った。

「今日はいきなりお伺いしてすみませんでした。娘には、私からよく話します。だから高木さんも、前向きに考えてもらえると嬉しいです」

「……分かりました」

高木が小さくうなずいたのを確認し、典江は深く頭を下げて外へ出た。来たときよりも空は暗くなっていたが、家へと続く道は、先ほどよりは遠くは感じられなかった。