泰司は朝食の目玉焼きに醤油をかけた。妻のゆかりは起きたばかりの博樹のパジャマを脱がせて着替えさせていた。博樹はお互いに30代後半になって生まれた念願の長男だった。

2週間前から慣らし保育で保育園に預けられていた博樹だったが、今日ははじめて夕方までの1日保育に挑戦することになっていた。

泰司は朝食を食べ終えると部屋へ戻り、スーツに着替えた。眠そうな顔でソファに座っている博樹の手を引き、洗面所で化粧をしていたゆかりに声をかけた。

「それじゃ博樹を保育園まで送っていくよ」

朝、博樹を保育園に連れて行くのは泰司の役割だった。

「バッグの中身は確認した?」

「バッグ?」

泰司が聞き返すとゆかりが冷たい目を向けてきた。

「昨日、言ったじゃん。連絡帳とか食事用エプロンとかちゃんと入ってるかどうか確認しておいてねって」

「……でも昨日のうちにゆかりが準備しておいたんだろ? だったら俺がわざわざ確認する必要ないじゃん」

「……2人でやらないと意味がないのよ。バッグの中身だって万が一にも忘れ物がないようにお互いで確認した方がいいに決まってるんだから。ていうか、それくらい言われなくてもやってよね」

苛立ちと呆れが混じったようなゆかりの物言いにほんの少しだけイラっとしながら、泰司は保育園バッグが置いてある玄関に向かった。チャックを開いて中身を覗き込む。忘れ物はまあ大丈夫だろう。

「じゃあ行ってくる」

眠たさからぐずる博樹をあやしながら声をかけると、廊下の奥からスーツに着替えたゆかりが足早にやってきた。

久しぶりにゆかりのスーツ姿を見た。産後なので体形が以前よりも丸みを帯びていて、新調されたスーツではあったが、少し懐かしい気持ちになった。ゆかりは笑顔で博樹をハグした。

「博樹、夕方になったら迎えに行くからね。それまでお友達と仲良くするのよ」

「うん」

博樹は軽く頷き、泰司の手を握った。

それから泰司は自転車で博樹を保育園に送り届けた。去り際に博樹が手を振ってきたので、泰司も笑顔で振り返した。先生に連れられて園内に入っていく博樹の背中を見ながら、泰司は仕事を頑張らないとなと気合いを入れ直し、ペダルを力強く踏んで駅へと向かった。