「あいつは昔から文句を言わない性格だ」
誠也さんが私に遺言書の作成を依頼した際、私にこう言っていた。
「娘らに渡したお金は、相続では考えなくていいようにしてほしい」
私は一瞬耳を疑った。要するに誠也さんは「いわゆる特別受益の持ち戻しを免除したい」と言ってきたのだ。
ここで「特別受益の持ち戻しの免除」について解説しよう。通常、相続では、生前に贈与を受けた相続人がいる場合、それを遺産分割にて調整することになる。これをいわゆる特別受益と呼ぶ。
例えば、生前に400万円の贈与を受けた人がいれば、遺産として今ある金額に加えて、過去贈与された額である400万円を足し、全体の遺産の額を決定する。その後、各相続人の相続分を決める際は400万円の贈与を個人の取り分から差し引く。
このように、特定の相続人だけが生前贈与を受けていることの不公平を是正する仕組みがいわゆる特別受益の持ち戻しだ。
しかし、被相続人が明確に意思表示をすれば、この「特別受益を考慮しない」ということも可能だ。これを特別受益の持ち戻し免除という。
ただ、この特別受益の持ち戻しを免除すると不公平が生じる。もともと相続人間の不公平を是正する原則を真っ向から否定するものだからだ。それゆえ、私は、特別受益の持ち戻しの免除について基本的には反対だ。
今回も私は誠也さんに対し「これはトラブルになります。特に明人さんが納得しない可能性が高いです」と強く警告した。
しかし誠也さんは私の考えを杞憂と言わんばかりに笑い飛ばす。
「明人はしっかりしてるし、男だから大丈夫だよ。それに、あいつは昔から文句を言わない性格だ。きっと理解してくれる」
それでも私は何度も必死に説得を試みる。だが、最終的に誠也さんの意思は変わらなかった。
こうして、私は特別受益を考慮しない遺言書を作成することになったのだ。
●長男だけ損をする遺言書がもたらしたトラブルとは……。後編【「なんでこんな遺言書を作ったんですか?」不公平な遺言書にブチ切れした長男が妹2人に投げつけた罵詈雑言】では、契約書の有効性、および、後輩の執拗な嫌がらせの模様が明らかに。
※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。
