喉の奥にざらつくような感覚があった。シンクで洗い物をしながら咳をした。成美はここ数日、咳が止まらないことに悩んでいた。

風邪を引いてしまったのかと思ったが、咳以外に発熱などのこれといった症状もない。市販の咳止めを飲んではいるのだが、効果があるようにはまったく思えなかった。

ねぎらいのない夫婦の夜

咳を押しころしながら皿を洗い終えると、風呂から夫の正弘がリビングに戻ってきた。正弘は成美が咳をしているのを見ると嫌そうな顔をしてきた。

「……まだ咳、治らないのか?」

「……うん。何でだろうね?」

「……大変なのは分かるけどうつしたりはしないでくれよ。俺は今、ちょっと風邪が引けない状況だからさ」

正弘はオフィス機器を扱う会社の営業マンだった。今は3月の終わりで新年度に向けてオフィス環境を整える企業が多く、会社としては年間で最も忙しい時期だ。

「うん、それは分かってるよ」

そう言って成美は部屋着のポケットからマスクを取り出して着けた。

「頼むから早く治してくれよ」

正弘はそう言ってリビングを出て寝室に向かっていった。

正弘の事情も考えて最近では家の中でも別々の部屋で寝るようにしている。仕事のためだから当然のことだとは分かっているが、それでももう少しねぎらってくれてもいいのにと思った。