麻紀を襲うお金の現実
麻紀は帰宅中に寄り道をして、通勤ルートから外れた場所で事故に遭ったため、労災は下りない。
そして、傷病手当金の支給額は給与の約3分の2。入社間もない自分の給料は、決して多くない。家賃補助や通勤手当など、福利厚生のおかげで固定費が抑えられていただけで、余裕があるわけではないのだ。
そのことに思い至った瞬間、麻紀は青ざめた。今朝ナースステーションで教えてもらった会計の概算は9万円前後。
「相手の保険から出るはずなんだけど……」
一度だけあった事故相手のドライバーからの電話によると、事故当日の状況を確認するための現場検証に時間を要しているらしい。しかし、聞けば、保険会社への正式な申請もまだ行われていないということがわかり、麻紀は相手のまったく要領を得ない電話でのやりとりにいらだちを隠せなかった。
警察の事故証明の発行が遅れているうえ、相手の保険会社への連絡も滞ったままだ。つまり、保険会社からの支払いがあるまでの間、当面の医療費は自分でどうにかするしかない——そう気づいたとき、頭がじわりと重くなった。
「いけるよね……」
スマホを握り直し、まずは銀行口座の残高を確認する。学生時代の貯金は、すでに跡形もなく消え去っている。続けてクレジットカードの明細を開く。画面を見た途端、指先から力が抜けた。
「え……」
家具、家電、インテリア、食器。通販の利用履歴とカードの請求予定額が、画面の中に整然と並んでいる。
念願の1人暮らし。自分だけの理想の住まい。大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせ、思うままに行動した結果がこれだ。
退院してからも、骨折が完治するまでは通院費がかかる。食材などの買い物も思うようには行けないだろうから、ネットスーパーを利用するかもしれない。
そして、いちばん頭を悩ませているのは、相手の保険金が下りるまでの間を、いったい何で乗り越えるかということだ。治療費をまずは自分のお金で立て替えなければならない。
自分の日常は、こんなにも簡単に揺らいでしまうのかと麻紀は頭を抱えた。
「……どうしよう」
白いシーツの上に落ちた声は、自分で思っていたよりずっと弱々しかった。
