中東緊迫で第2のオイルショック襲来か?インフレ時代の株価と有望セクター【レポート本編】
現在、投資家の間で最も懸念されているのが、中東情勢の緊迫化に伴うエネルギー価格の高騰です。
アメリカによるイラン攻撃、そしてそれに対するイランの執拗な報復のニュースは、世界経済に暗い影を落としています。
特に「ホルムズ海峡」が封鎖され、タンカーの往来が途絶える事態になれば、原油価格が跳ね上がり、世界経済、ひいては株式市場に壊滅的な影響を与える可能性があります。
この状況は、1970年代に世界を震撼させた「オイルショック」の時代を強く彷彿とさせます。
歴史は全く同じようには繰り返しませんが、かつて起きたことを深く理解することで、これから私たちが直面するリスクを予測し、取るべき行動を明らかにすることができるはずです。
第1次オイルショック(1973年)で何が起きたのか
かつて1973年に発生した第1次オイルショックを振り返ってみましょう。
発端は第4次中東戦争でした。
これに際してOPEC(石油輸出国機構)が西側諸国に対して石油の禁輸措置を行い、エネルギー供給を「武器」として使ったのです。
当時の世界は今以上に中東の原油に依存していたため、混乱は凄まじいものでした。
日本国内では「店頭からトイレットペーパーがなくなる」というデマからパニックが起き、社会が大きく揺れました。
具体的な数字で見ると、原油価格は1バレルあたり3ドルから12ドルへと、わずかな期間で約4倍にまで高騰しました。
その結果として「狂乱物価」と呼ばれる凄まじいインフレが発生し、日本のインフレ率は23%、米国でも11%という、現代では考えられないような数値を記録したのです。
オイルショックが株式市場に刻んだ深い傷跡
この経済の混乱は、株式市場に容赦なく襲いかかりました。
日経平均株価は一時37%も下落し、米国のダウ平均に至っては45%という、ほぼ半値に近い暴落を経験しました。
この時期に世界を苦しめたのが「スタグフレーション」です。
通常、インフレは景気が良い時に起きますが、スタグフレーションは「不況なのに物価だけが上がる」という、投資家にとっても生活者にとっても最悪の状態を指します。
米国株の歴史において、この1970年代後半から1980年代前半は「株式の死」とも呼ばれるほど暗い時代でした。
1973年の暴落後、株価は1年ほどで一旦リバウンドしましたが、その後は1980年代初頭まで長らくボックス圏での推移となり、ほとんど右肩上がりの成長が見られない停滞期が続いたのです。
