「高層階の人はうらやましいよなあ」

その日の夜。夫の坂上慎一郎に向かって、坂上佳子はうっぷんをぶちまけた。

「タワマン住民て、所得が高い人が多いから、上品な人が多いと思っていたんだけどなあ。高層階に住んでいるからって低層階の住民を見下すのは、いくらなんでもひどすぎない?」

慎一郎はうなずき、佳子に同意してみせた。タワマンに入居して以来、これからは節約するんだと言って、好きなお酒も控えがちだったが、その日はビールを飲んでご機嫌だった。だから佳子の怒りを余裕を持って受け止められたのかもしれない。

「ただ、そんな急に見知らぬ人にケンカを売ることなんてあるかなあ」

「どういう意味?」

「だから、その美魔女が怒ったのは、なにか他に理由があったのかもしれないよ。別のことで機嫌が悪かったとか」

「だとしても、私にぶつけるのは意味がわからないし」佳子がむすっとした表情で言う。

「まあそりゃそうだけど」

佳子の怒りが自分に向けられるのを慎重に避けつつも、慎一郎は言った。

「向こうは君のことを昔から知っていた、とかじゃないの」

「ええ?」佳子はぽかんと口を開けた。

「君が気づかない所で、知らないうちに恨みを買っていたのかもよ」

「怖っ。やめてよ。あの女に会ったのは今日が初めてだし」

「だから、もしもの話だよ。そのくらいの因縁がないと、あり得ない気がするしね」

慎一郎はそう言ってグラスに残ったビールをあおった。

「けど、高層階の人はうらやましいよなあ。きっと今もビールなんかじゃなく、高級ワインを飲んでいるんだぜ」

「ちょっと、変なところで嫉妬しないでよ」

佳子にはそれが慎一郎の冗談だとわかっていた。そうやって軽口を叩いていると佳子も気が晴れたので、その日は安らかに眠ることができた。

その翌日、とんでもない問題が起きるとは知らずに……。

●「美魔女」はなぜ嫌がらせをしてきたのでしょうか? 後編:【「低層階の人間は、汚い犬を飼ってるのねえ」低層階住民を見下していた「タワマン高層階の58歳美魔女」が迎えた末路】にて詳細をお届けします。

 

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。