8月1日に発表された7月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数(前月比)が7.3万人増にとどまり、市場予想の10.4万人を下回った。さらに過去2カ月分が合計▲25.8万人と大幅に下方修正され、この結果、直近3カ月の月間平均増加数はわずか3.5万人に減少。下方修正前の4〜6月平均15.0万人増から急減し、コロナ禍で雇用が急減した2020年6月(▲440.8万人)以来の低水準となった。これはFRBを含む多くのエコノミストが抱いていた「雇用は堅調」との見方を大きく揺るがす内容だった。
特に、過去2カ月分の修正幅は、コロナ禍の2020年5月(▲64.2万人)以来の大きさで、市場に衝撃を与えた(図表1)。こうした大幅修正は金融危機やパンデミックなど景気の転換点にみられており、足元の労働市場に変調が生じている可能性を示唆する。
今回の修正幅拡大の要因として、①季節調整の影響、②事業所調査(CES)の回答率低下が指摘されている。例えば、6月の州・地方政府教育部門は当初6.3万人増と発表されたが、7月統計では0.8万人増と、差し引き▲5.6万人の修正となった。これは夏休みに伴う季節的変動の影響とみられる。また、雇用者数推計に使われるCESの回答率はコロナ禍前の約6割からコロナ禍で4割台に落ち込み、直近2025年3月でも43%にとどまる(図表2)。回答率が低いと速報値の不確実性が高まり、後日の大幅修正につながる。
こうした状況下で、トランプ大統領は過去2カ月分の下方修正を理由に、労働統計局(BLS)のエリカ・マッケンタファー局長を解任した。大統領は根拠を示さず、同氏が政治的に統計を操作したと非難し、後任に保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」のチーフエコノミスト、E・J・アントニ氏を指名した。しかしアントニ氏の適格性には疑義が多い。歴代局長は労働経済学の研究者やBLSの内部昇進者が多く、マッケンタファー氏も被引用数の多い学術論文を持つ専門家だった。一方アントニ氏は博士論文以降、正式な論文を発表しておらず、統計行政の経験もない。
雇用統計は速報性と精度を兼ね備え、金融市場や政策判断に直結する基幹データである。一連の人事によってBLSの政治的独立性が損なわれれば、市場は統計の中立性に疑念を抱きかねない。アントニ氏が意図的に数字を操作する可能性は低いとしても、政治的圧力を受けやすい体制への変化自体が信頼性低下の要因となる。また同氏は就任前のインタビューで、雇用統計の発表頻度を月次から四半期に減らす考えを示しており、実現すれば速報性が失われ、経済の変化をタイムリーに把握する能力が低下する恐れがある。
この局長交代は単なる人事ではなく、米国の公式統計全体の信頼性を巡る問題でもある。もし政府統計が政治的に左右されるとの疑念が広がれば、金融市場が混乱し、政策判断を誤るリスクが高まる。統計の中立性と透明性を維持することは経済運営の安定に不可欠だろう。