米国経済の今後を占う上で米国では関税政策から財政政策に関心がシフトしつつある。トランプ政権は2017年減税法で2025年末に期限を迎える所得税減税の延長や政策公約で掲げたチップに対する非課税などの税制改革を実現するために上院での議事妨害を回避し、共和党の過半数だけで成立させることができる財政調整措置の活用を目指している。財政調整措置を活用するためには、今後10年間の歳入・歳出等の見通しなど予算の大枠を示す予算決議に、各委員会が歳入法案や義務的経費の変更法案を作成することを示す財政調整指示を盛り込むことが必要となる。
共和党議会は4月に予算決議を可決したが、上下院で財政調整指示の一本化ができなかったことから、同決議には両院の財政調整指示が混在する異例の形となっている。財政調整指示では減税などに伴い2025年度から34年度までの財政赤字を下院案では2.8兆ドル拡大することを許容する一方、上院案では5.8兆ドルの拡大を許容する。また、歳出削減の規模は下院案の▲2兆ドルに対して上院案では▲40億ドルにとどまるほか、債務上限の引き上げ幅は下院案の4兆ドルに対して、上院案が5兆ドルと上下院案で乖離がある(図表1)。
予算決議を受けて下院は税制改革や歳出削減、不法移民の強制送還の費用確保、債務上限の引き上げなどを盛り込んだ減税・歳出法案「一つの大きくて美しい予算案」(OBBBA)を5月22日に賛成215票、反対214票の僅差で可決した。同法案には減税法の延長や、チップや残業代の非課税化などの新たな減税案が盛り込まれる一方、低所得層向けの医療保険プログラムであるメディケイドに支給の条件として子供のいない健常成人に就労要件を課すことや、食糧支援プログラム(SNAP)の制限による歳出削減などが盛り込まれた(図表2)。
議会予算局(CBO)はOBBBAにより2025年度~2034年度の財政赤字の増加幅が2.4兆ドル、利子を合わせた財政赤字の増加幅がおよそ3兆ドルに上ると試算している。なお、チップや残業代の非課税措置など新たに盛り込まれた減税案の多くは2028年度末までの時限措置となっており、これらの措置を恒久化した場合には、米シンクタンクの責任ある連邦予算委員会(CRFB)は財政赤字が5兆ドルに拡大するとしている。
現在OBBBAは上院で修正案が審議されている。前述のように下院案とは開きがあるため、最終的な修正案の内容は依然不透明である。また、上院修正案は再度下院で採決する必要があるが、下院で上院案がスムーズに可決されるか予断を許さない。このため、トランプ大統領が実現を目指す7月4日までにOBBBAが成立するか見通せない状況である。
一方、減税などの財政政策の実現によって関税政策に伴う景気減速の影響を一部緩和できるほか、2026年の中間選挙結果に影響を与える可能性があるため、今後の減税・歳出法案審議が注目される。